普通の恋愛

人気作家恋愛読切祭1
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緑茶の香りにインクの匂いが混ざる。
雄二郎は苦笑を浮かべ、向かい合う少女の反応を待った。

「エイジが恋愛漫画、ですか?」

艶のある黒髪が肩を滑り落ちる。柔らかそうなくちびるがポカンと開き、白い手がそれを隠した。
人気作家読切祭。
文字通りジャンプに連載を持つ作家が読み切りを載せる企画だ。それに大人気作品クロウの作者、新妻エイジがエントリーする、そこまでは良い。しかし『恋愛』というテーマをメインに持ってくるとは、編集として数年来の付き合いになる雄二郎にも予想外だった。
それは実の姉であるにも同じ様子で。同士を見つけたことで逆に落ち着いた。
湯気の立つ湯呑みに息を吐きかけながら一口。緑茶の爽やかな香りとさっぱりした口当たりが心地よい。

「そうなんだよ。新妻くんもやりたがってるし、僕はやらせてみようと思ってるけどね。ちゃんはどう思う?」

問いかけると、長いまつげが困惑混じりに瞬いた。
そして思案の後口を開く。

「私はエイジに恋愛漫画は合わないと思います。でもやりたいと言うからには理由があるんじゃないかと」

視線を彷徨わせた後、背筋を伸ばし深々と頭を下げた。

「雄二郎さんにはいつもご迷惑をおかけします」
「いやいや、ちゃんが頭下げることないから!俺もこれで給料もらってるわけだしね」

急いで顔をあげてもらい、笑いかける。
するとほんのりとした微笑みが返された。

「それにしても、こんなに可愛くて出来た彼女がいるなんて福田君は幸せ者だよね」
「しん、福田さん、のことは、か、関係ないお話してましたよね!?」

透き通る様に白い肌に朱が差した。

「そんなこともないんじゃない?福田くんのことだし読み切りで恋愛漫画かくっていうかもよ」
「真太さんが恋愛漫画……ですか!?」
「そうなったらヒロインのモデルはちゃんだよね。あと俺の前でも気にせず今みたいに、真太さんって呼んでくれて構わないよ」

沸騰したやかん。比喩表現そのままにの顔から湯気が出た。
雄二郎はニヤニヤとからかいの笑顔を浮かべ、頭の上で腕を組む。

「とはいえ今回福田くんをエントリーさせるつもりはないけどね」
「雄二郎さん!!」

ひやかされたことに気づいた怒鳴り声に、寝室で寝ていたはずのエイジが顔を出した。次いで笑い声と抗議が響く室内を眺めあくびをしながら、「寝直します」と寝室に戻る。
こうして人気作家読切祭は幕を開けた。