*静雄の子ども時代にトリップするお話。




風を切る音で鼓膜が揺れる。
全速力で走っていた。
そして普段なら絶対にしないミスをする。あるはずのマンホールを踏み、加速しようとして───落下した。

「うそぉー!?」

どうして町中のマンホールが開いてるの!?
しかし現実は無情に。ウサギ穴に落ちていくアリスになった。
落ちて、落ちて、落ちて。
意識を失った。




覚醒のきっかけは可愛らしい少年の声だった。

「姉ちゃん、大丈夫か?」
「兄さん、大人の人呼んだほうがいいんじゃないかな」
「だよな」

雰囲気的で十歳前後の少年、二人を予想した。思い切って目を開くと、至近距離で柔らかそうな髪が揺れ、好奇心強そうな瞳が見開かれる。くちびるに息がかかった。

「うわぁー!!」
「兄さん!?」

顔を真っ赤にして尻餅をついた少年を見て、瞬きを一回。
傍らでびっくりしてるのかしてないのか絶妙な表情で固まる美少年を見てもう一度。

「……あれ?」

混乱を沈めるために後頭部をかく。次いでひっくり返った少年に手を貸した。

「驚かせてごめんね」
「う……あ、え。うん」

素直にうなずく薄茶の髪。
思わず笑顔がこぼれて、頭を撫でた。

「な、な、な、な!?」

飛びのいて顔を沸騰したやかんみたいにした彼。
仕草も、顔も、何もかもそっくりそのままだった。

(静くん……の子供の頃?)

さらに傍らの美少年はどうみても幽くん。以前テレビに出ていた写真、少年時代の彼そのものだった。
頭が混乱する。
仕方ないので本能に従うことにした。

「おいで」

笑顔で手招きする。
そして恐々近づいてきた静くんが手に届く範囲に来た瞬間、

「な!?」

力一杯抱きしめた。
胸が少年の顔面で潰れる。
むにゅーっと。
バタバタと手を動かす静くん。
子供特有の匂いが鼻をくすぐった。
だがそろそろ突き飛ばされる気配がしたので、手を離した。

「ごめんね?」

のぞき込むと、耳たぶまで真っ赤になった顔の中心から一筋、鼻血が流れ落ちた。

「あら」

ポケットからちり紙を取り出し、押さえる。
な、な、な、な!?を繰り返す静くんを宥めて、幽くんにベンチまで案内してもらった。
私の倒れていた場所は都合よく公園だったらしく、数メートル先に目的のベンチがあった。
宥めすかし膝枕で寝かせて、隣に少年幽くんを座らせる。

「な、な、な、な!?」
「兄さん、興奮すると鼻血が止まらないよ」
「興奮なんかしてねぇ!!」
「そうね」

膝の上で暴れようとするのを宥めた。次いで幽くんから詳しい事情を聞き出す。
二人でジャングルジムに上っていたら、突然私が落ちて来たそうだ。
……ラピュタ?

「お姉さんは宇宙人?」

やや表情が乏しいが十二分に可愛い顔が見上げた。

「宇宙人に見える?」
「お姉さんは宇宙人じゃない……おっぱい柔らかかったし
「ん?」

呟きは聞こえなかったフリして、静くんの頭を撫でた。今度はくすぐったそうな顔をしながらも抵抗されない。不公平がないように幽くんの頭も撫でる。
静くんに睨まれた。

「お姉さんは……なんだろ、未来人?」
「すっげー!幽聞いたか!?」
「うん」

鼻血が止まったので起きあがる。
私を真ん中に挟んで、瞳を輝かせた少年たち。
両手に花。
楽しく会話していると、静くんの指先が一瞬私に触れた。するとさきほどまでの元気っぷりが嘘のように、泣きそうな顔をして手を引っ込める。だから私は彼の顔をのぞき込んで手を差し出した。

「はい」
「お姉さんは知らないかもしれないけど……俺、人より力が強くて、だから……っ」
「大丈夫。怖くないよ」

そっと手を重ねる。
すると指がゆっくり閉じて私の手を包み込んだ。

「ね?大丈夫だったでしょ」

頭を撫でて、もう一度抱きしめた。
可愛い静くん。
人より強い力が強いだけで孤独になってしまった静くん。
それはそうと、なんか胸をぽよぽよされてるような気が?……静くんってこの頃からおっぱい星人だったのね。
抱きしめるのをやめて幼い顔を見た。柔らかい髪の毛に少し目つきが悪い顔。ぷにぷにほっぺに細い首筋。
何かに目覚めてしまいそう。
少々落ち込み、気を取り直した。
それにしてもどうしてこんな事態になったんだろう?タイムスリップ、だろうか。
不思議と帰れない、という心配はなかった。

「……お姉さん?」
「はぁい」

静くんと幽くん。左右の手で二人と手を繋いだ。
二人とも可愛い。
だけどそろそろ帰らなくちゃ。
立ち上がって、二人の頭を撫でた。

「お姉さん、行くね」
「イヤだ!!」
「……また会えますか?」

二人の顔を交互に見て、おでこにちゅーをした。
背中を向ける前に、

「会えるよ」

夕日を背負って、微笑んだ。

「お姉ちゃん!!」

声に立ち止まり、振り返る。

「私は静くんが大好き!だからあなたも自分を嫌わないで」

次いで白いもやに包まれる。
帰るのかな。
思った次の瞬間には、気を失っていた。




!……!!」

気づくと大きな腕の中にいた。
夕闇に反射するサングラス。綺麗な金色の髪。肌の匂い、煙草の香り。

「静くんだぁ」
「よかったな。静雄」

にこーって笑う。
背後にトムさんがいた。ほっと息をついて、静くんの背中を叩くのが見える。
状況が掴めない。

「私どうして?」
「公園で、倒れてた」

泣きそうな声で抱きしめる。少し苦しかったけど我慢した。
次いで力が緩んで縋るように見つめる瞳。
幼い頃と同じ、優しくて傷つきやすい光彩が紅と混じって泣いているみたいだった。
夢だったのかな?
考えた。
家に帰ったら子供の頃の話を聞いてみよう。
その前に目前の大きな子供を宥めなければ。トムさんの前だけど、考えながらもほっぺにちゅーをした。次いで彼にしか聞こえないように囁く。

「静くん、好き」
「……俺も」
「おーい、いちゃつくのは家帰ってからにしろ」

仕方ないな、という風に背中を向けてくれたトムさん。
夕日が照らして、世界がキラキラ輝いて、煙草の匂いがした。
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