ふたつの世界、ふたりの世界
ある朝の悲劇
*全体的にシモいです、注意。
薄手のカーテンから漏れる日差しで目が覚めた。
彼女を潰さない様に寝返りを打つ。そして寝ぼけながら抱きしめた。
「にゅ?」
「ん……?」
すると普段より少し高い声が聞こえて。
何故だか妙に小さい手触りに目を開いた。次いで大きな瞳と視線がかち合う。
目を擦った。
もう一度見る。
大きな瞳、小さなくちびる、細い顎、小さな手足、小さな……胸。
「な!?」
「いやぁああああああーーーー!!!!変態!!ロリコン!!犯罪者!!」
カーテンが薄手だったせいで全部見てしまった。
腕の中、すっぱだかの少女。十、一二歳くらいだろうか。小さな腕は必死に胸元を隠し、可憐な瞳はみるみるうちに涙でいっぱいになった。
「待て!落ち着け、泣くな」
「変質者!!」
透き通る声音は俺に衝撃を与えた。
慌てて見回す。
「!?」
事態を収集できそうな唯一を捜して首を振る。すると腕の中で大暴れしていた少女が固まった。覗き込むと、気の強そうな顔に恐怖を浮かべる。
……あれ……この顔どこかで……っつーか、の、顔?
え……ってこんなに小さかったか?
「誘拐魔!に何したの!?ド変態!」
「違う、落ち着け!えーと、そうだ俺の名前わかるか?」
「知るか犯罪者!!」
「……っ。平和島静雄だ!」
「……静雄?」
俺の心が折れる直前、決壊寸前だった瞳が突然透き通り、小首を傾げた。
「静雄……?」
そして俺の顔をぺたぺたと触る。次いで胸板を触り……うわぁー!そこは触んな!つーか見んな。朝の危険地帯だ!
慌てて止め、不思議そうな顔で見上げてくる少女にシーツを巻き付けてベットから立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
「……うん」
急に大人しくなった少女がヒョコっと顔を出すのを見て、慌てて下半身を隠す。
……くそっやっぱり一緒に寝ると朝が……はぁ。
落ち込みながらジャージに着替えた。
「……静雄、静雄……?」
何故か首を傾げて起き上がった。
身体にはちゃんとシーツを巻いている。
しばらく俺の顔を穴が開くほど眺めて、視線を下腹部に落とした。
「違う……やっぱり変態」
「っ!仕方ねぇだろ」
あれくらいの年なら普通なのか?
早熟な少女に頬が赤くなる。
「……変態」
見るとシーツに包まれたまま、瞳を潤ませ顔を朱に染めた彼女。
反応した。
落ち着け落ち着けよく考えろ。あれはみたいだけどじゃないかもしれないし、何より子ども!落ち着け俺、子どもに欲情する趣味なんてない。ないったら、ない……な……い。ないよな?
揺らぎかけた自制心を顔面を殴って取り戻し、
「服……ねぇんだな?」
「うん。そういえばなんで裸なの?静雄が脱がせた?」
穢れない瞳が見つめた。
「脱がせ……てないって言ったら嘘になるのか……?いやでも俺が脱がせたのはあっちのであってこのじゃないから俺はロリコンじゃねぇ!!」
「よくわからないけど、の服ないの?じゃあ買って来て」
人に命令するのが板についている。
腹が立つのと同時に、懐かしい感覚に捕らわれた。
『静雄ー!』
脳裏に過ったやたら元気で偉そうな少女。
「……あれ?」
切ない胸の痛みと共に甦ったそれに首を傾げた。しかし急き立てる。
「早く買って来て!じゃないとこの格好のまま叫びながら逃げてやるんだから」
「やめてくれ」
池袋の喧嘩人形がロリコン性犯罪者になる……。嫌だ。だいたいが元に戻った後極寒の視線で見られてしまう。
一瞬ゾクリと背筋を走った変な感情を封じ込めて、財布片手に玄関を出た。
「大人しくしてろよ」
「わかってるわよ」
ふんっと可愛くない顔で顎をあげる。
……にこんな時期があったのか?というか素直にこの少女がだって認めていいんだろうか?ノミ蟲野郎の罠?
ああ、うぜえ!イザヤの野郎の仕業だったら今度こそ三つに畳んで山に埋めてやる。
コメカミに青筋を立てながら歩き、子供服を購入した。店員がすっげー変な顔しやがって危うく殴るところだった。うぜー!つーか今日は休みだからと一日中イチャイチャできると思ってたのに!厄日かよ!
「早く着替えろ」
「ふん」
生意気な少女に服を渡し、視線を逸らした。
ごそごそとシーツの影で着替える音。
これが普段のだったら……うっかりしてしまった妄想をかき消すのに苦労した。
「もういいよ」
「おう」
振り返ると、ミニスカートとTシャツの彼女がいた。
俺が選んだわけではなく、店員に年齢と性別を言ったら渡されたのだがこれは……。
「……変態」
「うっせえ!今のお前によく……いやなんでもねぇ」
十二、三の子どもに欲情とかない。
気を取り直してベットの向かいに座り込んだ。
聞くとむこうも状況を理解していないようだった。明晰さを感じさせる少女に問われるままに答える。
「つまり静雄は大人になった私の恋人で一緒に暮らしてるってこと?」
「……あ、え……いや……まあそう……かな」
照れ隠しにあやふやに答える。すると、「優柔不断な男は嫌い」呟く声。
「悪かったな」
「悪いわよ!」
べーっと舌を出した彼女。
可愛いけど可愛くない。
どうやったらコレがアレになるんだ……?
考えていたら、突然ベットから飛び降りた。フワリ、膨らんだスカートから中身が見える。
バっと裾を押さえる。
「スケベ」
「見てねぇ!」
さげずむ視線はすぐに興味を失い、玄関を見つめた。
そして態度を百八十度変えた、可愛い顔で振り向く。
「静雄、外行きたい」
「無理」
「いーきーたーい!!」
こんな時ばかり胸元に縋り付き上目づかい。
ふん、大人の状態ならまだしもこんなガキに負けるはずがなだろう。
「おう」
三杪で負けた。
はやっぱりだった。
「やったー!」
しかし子どもらしく笑う姿に、まあいいかと呟いた。
大変なのはそれからだった。
「おいあれって……」
「平和島静雄が誘拐?」
「やべ……ロリ」
ブチ切れそうになるのを堪え、傍らの少女を眺めた。
背中まで伸ばした黒髪。大きな瞳には少し影がある。細い手足は年の割に凹凸があり、将来の姿を彷彿とした。
しかし危なっかしい。
田舎から出て来たばかりの学生みたいに落ち着きがなかった。
「仕方ねぇな、ほら」
「……え?」
手を出すと挙動不審になった。
薄らと頬を染め、潤んだ瞳で見上げた。
「……うん」
しっかりと手をつなぐ。
やけにドキマギしはじめた少女にこっちが照れた。
無言で歩いていると、
「あっれぇーついに誘拐?そんな子どもに手を出すほど飢えてたなんて知らなかったよ」
イヤな声が聞こえた。
の手を握りつぶさないように離す。
「イーザーヤーよう!てめぇ池袋に来るなって行っただろうがぁー!!」
即座に自販機を持ち上げ、投げつけた。
すると避けるノミ蟲。
さらにガードレールを投げようとして気づいた。
「……静雄?」
三メートルほど後ろで固まっている。
目前ではナイフを取りだしたゴミ野郎。
「ちっ」
舌打ちして、少女を抱き上げた。
「きゃぁっ」
「大丈夫だ」
囁いて、地面を蹴った。
遠ざかる地上。
加速する景色。
壁を駆上がり、飛び越えた。次いで加速する。
「静雄、すごーい」
きゃっきゃとはしゃぐ姿に、やっぱりなんだなと思った。
そして一日彼女が命じるまま遊び回った。
かくして翌朝。
「しーずーくぅーん」
怖い笑顔で俺に股がったと目が合う。
「戻ったのか!?」
「うん、遊んでくれてありがとう」
「……覚えてる?」
「ええ、全部」
子供用のスカートをぴらぴら手で摘んで微笑んだ。
「全部」
「……?」
「ぜぇんぶ」
にっこり、笑顔が二つ微笑みあった。
「静くんのロリコーン!!」
ビンタは甘んじて受け入れた。
そんな不思議な休日のこと。
が怒った理由は……(笑)