ふたつの世界、ふたりの世界

看病のお話

朝日が差し込む台所。
エプロンを身につけ朝ご飯を作る。
トーストに半熟の目玉焼き、そして昨日の残り物のサラダ。珈琲よりココアのほうがいいかな。
次いで静雄の起き出す気配に気づき、牛乳をコップに注いだ。

「静くんおは……よ、う?」

振り返って恋人の異常に気づいた。
普段なら寝ぼけ眼に、「」と抱きついて腰に手を回しおはようのちゅーを強請ってくるはずなのに。今日は頭に手を当て、具合悪そうに椅子に座った。
顔色もあまり良くない。わずかに頬が紅潮し、息苦しそうだ。

「静くん」
「……ん?」

覗き込んでおでこの髪の毛を払う。
額と額をつけると、気持ちよさ気に目を閉じた。
離れて、両手でほっぺを包み込む。
視線を合わせて問いかけた。

「風邪引いた?」
「……風邪?」
「いくら静くんが丈夫だからって、雨の中折原くんのこと一晩中追いかけ回すからこうなるんだよ」
「ああ!?ノミ蟲の名前を口に出すんじゃ……ね……え」

怒ったら力尽きたのか、がっくりとテーブルに伏せた。
情景反射で煙草を吸おうとしたので、「めっ」とたたき落とす。恨みがましい目を遮ってくちびるにちゅっとくちづけた。
緩んだ頬に触れ、ふわふわの髪の毛を撫でて、耳元にくちびるをつける。

「ちょうど今週は休みだし。看病するから早く治そうね」
「……でも、俺仕事……明日休みだし行かないと」
「だーめ」
「こんくらいでトムさんに迷惑かけるわけにいかねえよ」
「静くん風邪引かないから自分の体調わかってないでしょ。これはお休みするレベルです。寝てなさい」
「でも……はい」

熱のせいか潤みだした瞳で頷く。
携帯を取り出し、少しかすれた声でトムに謝罪する。電話口の上司は静雄が体調を崩したことに驚いたようではあったが、休む件についてはすぐに頷いた。「こっちのことは心配すんな」そんな言葉が聞こえる。
は台所へ戻り、冷凍ご飯で雑炊を作り始める。本当はおかゆにしかったいのだが、米から炊くのは時間がかかってしまう。少し考えて、生姜とネギを入れた薄味の雑炊を作ることにした。

「静くん、新しいパジャマに着替えてから寝てるんだよ」
「……うん」

素直に頷く姿に、状況を一瞬忘れときめきを感じた。

「うん、だって」

子供っぽいと思われたくないのか、甘えるくせにそういう言葉は使わない。
普段聞けない言葉に「可愛い」は頬に手をやり身もだえた。
しかし鍋が沸騰する音に我に帰り火を止める。
味見をしてからお椀によそった。
お盆に載せ、静雄の部屋へ向かう。ベッドで寝ている彼に微笑んだ。
汗で貼り付いた前髪を丁寧に拭う。

「食欲ある?」
「……ん」
「良かった、じゃあ」

お盆を置き、お椀を持ち上げレンゲで一口分。
ふーふーと息を吹きかけ、

「あーん」
「……あーん」

口に運ぶ。
もぐもぐと租借するのを眺め、もう一口。
くちびるをすぼめ、ふーふー。湯気で頬がほんのりピンクに染まった。
見ていた静雄は体調の悪さも忘れて生唾を飲み込む。


「何?」
「エッチしたい」
「ダメ」
「んだよ……あ、風邪うつっちまうか、悪りい」
「それは別にいいけど、悪化したらどうするの?」
「しねえよ。風邪なんてプリンと桃缶食ってりゃなおるだろ」
「だーめ」

ぷいっとそっぽを向いた頬をむにっと押し口を開かせる。
食べ終わると拗ねた静雄は背中を向けてベットに潜り込んだ。
それを見て、

「治ったらね」

ほっぺにちゅっと音を立ててくちづけ、部屋を出た。
静かにドアを閉めた後、財布を持って出かける。
プリンと桃缶。
要求したわけではないのだろうが、甘味が好きな彼のこと、無意識に食べたいものを口に出したのだろう。ついでにポカリも買ってこよう。
小走りに家を出た。





翌日、全快した静雄を待っていたのは、

「ごめん。私も風邪ひいちゃったみたい」

頬を赤く染め、熱のせいで潤んだ瞳で見つめる彼女の姿だった。
エッチはお預けか……少しがっかりした後、「今度は俺の番だよな」思い直し、濡れタオルを作るべく冷凍庫から氷を取り出した。