ふたつの世界、ふたりの世界

大晦日の過ごし方

大寒波、テレビからそんな声が聞こえた。
膝掛けを引き寄せる。二人で過ごすいつもの一日。
変化は一本の電話から始まった。

「……ああ?年末、いや……どうかな。……幽も帰ってくんのか?じゃあ正月に顔出すよ」

携帯が鳴った瞬間眉をひそめ、不審な動作で玄関まで歩いて行く静雄。
───女の子じゃないよね?
彼に限って浮気するわけがない。でも、とは考え直した。
本人が気づいてないだけで意外とモテる。そういえば先日も水商売の女性から抱きつかれていたとトムさんから聞いた。胸ポケットから出てきたお店の名刺に探りを入れたら教えてくれたのだ。
自分の回想でコメカミに青筋が立つのを感じた。
貧乏揺すりを我慢する。
だけど本人は意味を理解していない様子だったし、その女性も暴れる静くんの姿を見て言い寄るのをやめたという話だ。彼はモテるけど鈍いし池袋最強の男として恐れられている。
それがなくとも真面目な性格なのだ。浮気なんてするはずがない。わかっていつつも聞き耳を立てた。

「だから無理だって言ってんだろうが。あ?も?……え、あ……う……まあ聞いてみる」

電話を切る音がした。
女ではなさそう?知らない女の子が幽の名前を出すわけがないし、親しい人間以外に兄弟の指摘をされるのを嫌う静雄のこと。もしそうなら今頃キレて携帯を握りつぶしているだろう。
考えた。と、すれば。
はソファーから立ち上がり、問いかける。

「お母さん?」
「な、なんでわかんだよ。エスパーか!?」
「……ふふふ、私実は超能力者だったの!!」
「マジか」

わかりやすく驚く静雄。
彼女は髪を軽く払い、ポーズをつけた。

「証拠に今静くんが考えてることを当てます」

言うが早いか飛びつき首筋に顔を埋めた。
不思議そうに待つ静雄。
はすりすりと頬ずりし顔を上げ、目を閉じた。
彼の表情が崩れ、にやける。

「静くんは今、ちゅーがしたいと思っています」
「……当たりだ」

睦言のような予言は当たり、二つのくちびるが合わさる。
生暖かいそれがちゅっ音を立てて何度も。
はうっすらと目を開き、

「ん……それでお母さんなんだって?」

全体重を預ける。すると大きな腕が受け止めた。

「あー大晦日泊まりがけで帰ってこいって。正月は幽も帰るみたいなんだけどよ」
「行ってきていいよ、私ちゃんと待ってる」

───今年の年越しは一人か。
が独りごちる。少し寂しくなって、だけど隠した。

「寂しそうな顔すんなよ」
「ごめん、表情に出てた?」
「違うけど、そんな気がした」

動物的勘の鋭さ。
それは繕うことが上手な彼女にとって、救いに等しかった。
でも微笑み、本当に行ってきて良いよ。たまには親孝行してきなさい、とお姉さんぶるのを忘れない。
すると、彼は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

「ちげえよ、お前を置いていくなら帰らない。せいぜい正月顔見せに行くだけで充分だろ。じゃなくて……お袋が、二人で泊まりに来いっていうから」
「私、お邪魔してもいいの?」
「邪魔じゃねえ。それに俺の部屋はそのままだって言うし、いざとなれば幽の部屋もあるからな」
「でもせっかくの年越しなのに」
「だからだろ、と一緒にお蕎麦食べたいってお袋のやつ」
「……静くんはいいの?家族水入らずなんだよ」

どうしても陰る。
は家族というものが理解できない。物心ついた時点で芸能人として忙しく働いていた。終わりと共に家族は離散した。
そんな自分が幸せな家族に紛れ込んでも良いのだろうか。
動揺が伝わったのか、広い胸が包み込んだ。

「いいに決まってる。っていうか一緒にいてくれよ。……それよりはいいのか。お袋絶対うるせえぞ」
「うん、いい。ありがとう」

歓喜余って抱きつく。
煙草と肌の匂いがした。
すり寄って抱きつくとため息が頭上から、

「……家族になれたらいいのにな」
「何?」

彼女には小さすぎて聞こえなかった。

「なんでもねえよ」

照れて視線を逸らす。抱きしめる力が弱まって、もう一度キスをした。



当日へ続く?