ふたつの世界、ふたりの世界

平和島静雄生誕祭1

実を言えば期待していた。

カーテン越しに朝日が差し込むのを感じて薄目を開ける。だけど今日は起こして欲しくて、狸寝入りをした。
そして数分。

「静くんそろそろ起きないと遅刻するよ」

ドアの向こうから聞こえた声に、「……起きてる」と返事をする。

「ん、もう!ちゃんと起きてないでしょ?」

扉が開いてさらりと流れ落ちた髪。
隙間から顔を出し、猫の様な双眸を細めた。

「起きた?」

小首を傾げる。
俺が寝ぼけたフリをして反対向きに寝返りを打つと、近づく気配がした。寝台に手をつくかつかないか、素早く振り向き腰を掴んだ。

「こら寝たふり!?遅刻するでしょ」

勢い、腰の上に跨がった。顔を近づけ鼻を抓る。髪の毛が頬をくすぐるほど近い距離。
キスしようとしたら、今度は頬を抓られた。
前後左右に引っ張られて、地味に痛い。

「……わかったよ」
「返事をしたらまず起きる!」

腰に手を当てて胸を張り、そのまま踵を返した。

……あれ?

朝ご飯食べながら言われるのかな。
俺の予想では誕生日プレゼントは私、とか微笑まれて朝からにゃんにゃんできるはずだったのに。
朝ご飯を食べ終わり、玄関先ですら「おめでとう」の言葉すら言われなかった。

「いってらっしゃい、今日は早く帰って来る?」
「ん……ああ」
「ちゃんとまっすぐ帰ってくるんだよ」

背伸びをする。
合わせて腰をかがめた。

ちゅっ。

普段ならそれだけで活力がみなぎる行為。
だけど今日は、

「……行ってきます」

物足りなかった。
……のやつ俺の誕生日忘れちまったのかな。



朝一番にトムさんとヴァローナからの「誕生日おめでとう(ございます)」の言葉も、幽からの電話も、道でばったり会った茜、双子、来良の後輩の坊主達、門田とツレのおめでとうの言葉も。嬉しかった。
俺なんかの誕生日をこんなにたくさんの人間が覚えて、祝ってくれる。それってすげえことだよな。
でも胸にすきま風が通った。



だけど俺も男だ。
そんなことで嫌そうな顔をしたり、不愉快な態度をとってを悲しませたくはない。それに誕生日は必ずしも当日やらなくてはいけないものではない!(とトムさんが言っていた)
アパートの前で強ばった頬を軽く叩く。
しかし階段を上ると、部屋の電気が消えているのが見えた。
……いないのかよ。早く帰って来いって言ったじゃねえか。
眉根に力が入らなくなって肩が落ちる。
鍵を開けてドアノブを捻った。
とぼとぼと電気のスイッチをつける。
その瞬間、

「静くん誕生日おめでとう!!」

クラッカーの大音響と舞う紙吹雪、同時にの笑顔が見えた。
次いで視界に映ったのはテーブルの上に置かれたケーキとごちそうの数々。
あっけにとられて立ち尽くした。
テーブルと彼女の顔、クラッカーに視線を彷徨わせる。
最後に天井を見た。

「……静くん、怒ってる?」

気づくと不安気に垂れた瞳が目前に迫っていた。
慌てて首を振り、肩を静かにつかむ。
小さく揺れたので、撫でた。
感動で出ない言葉を絞り出す。

、こんなこと……俺してもらえると思わなくて……だって朝からさ」
「驚かせたかったの。もしかして私が忘れたと思って?」
「少しな」

するとくちびるを尖らせた。

「忘れるわけないでしょ。でもおかげでサプライズ成功かな?ほら座って、ケーキはお店のだけどお料理はがんばったんだよ」

腕を引かれる感触が心地よい。
俺、今とてつもなく間の抜けた顔してねえか?
椅子に座って、蝋燭に火が灯されるのをワクワクしながら眺めた。
次いで部屋の電気が消え、煌々と照らし出されたケーキ。始まる歌声に目を閉じた。

「ハッピバースディトゥユー」

終わりの合図に息を吹きかけた。子供の頃思い切りやったらケーキが崩れたので、静かに吹き消す。
途端に蝋が燃える匂いが鼻につく。
真っ暗になった部屋。
何も見えない。代わりに彼女の声に耳を傾けた。

「静くん、今年もいっぱい一緒にいてね。おめでとう」

肩に小さな手が触れた。
ちゅっ。
頬にリップ音と生暖かいくちびるの感触。
こみあげてくる思いを堪えきれずに叫んだ。

、好きだ!!」

暗闇になれた瞳は彼女の姿を捕らえた。
抱き寄せ今度はくちびるにくちづける。
少し顎を傾け、答える姿が愛しくて何度も何度も。
ごちそうもケーキも嬉しかったけど、俺にとってはお前がここにいるって事が何より幸せだ。



───、今年だけじゃなくてずっと一緒にいような。