ふたつの世界、ふたりの世界
一分六キロカロリー
は柔らかい。
男兄弟しかいない上、昔から女と縁がなかった俺には、女には柔らかい部分と固い部分があって、抱きしめると良い匂いがするなんて想像さえ出来なかった。
は出るところ出ている割にお腹とか足は引き締まっている。ちゃんと鍛えている姿を見ると、やっぱりこいつすげーなって思う。
だけど俺に付き合って夜遅く夕飯を食べることが多いせいか、
「増えてる!?」
時々洗面所から絶叫が聞こえる。
悲鳴に覗き込むと、顔面にタオルが激突した。どけて眺めると体重計とお風呂上がりの彼女。
「大して変わんねえだろ」
「ばかー!静くんのドアホ−!乙女心がわからない静くんなんて嫌い!」
「きら……い……なのか?」
朝っぱらから凹んだ。
地面にのの字を書いていたら、バスタオル一枚巻き付けただけの状態で、「言い過ぎたかも。ごめんね?」と隣にしゃがみこむ彼女。
……みえ……る!?
「ばかー!?」
今度はげんこつで後頭部を殴られた。
そしてぷんぷん怒ったまま、は仕事に行ってしまう。仕方なく一人しょんぼり支度をした。
□□□
ロッテリアでシェイキーをきゅいきゅい飲みながら、今日の弁当を作ってもらえなかった理由を話すと、トムさんはくるりと反対を向いて固まった。わずかに肩が震えている気がする。
「なんすか?」
「いや、なんでもねーよ。うん、そうか」
奇妙に歪んだ顔で振り向き、俺の肩を叩くトムさん。
不思議に思いつつもアドバイスに耳を傾けた。
「俺は静雄が悪いと思うぞ」
「そんなもんすか?」
「女心は難しいもんだべ、特に体重とか体型に関しては俺らが思う以上に敏感なんだ」
「へーでもちょっとくらい太ったって柔らかくなるだけじゃないっすか」
「……まーお前はそうかもしれないけどな。ちゃんは嫌なわけだろ。とりあえずそういう風に納得しておけ」
「うっす」
後頭部を掻きながらきゅいきゅい。
ハンバーガーを一口、もふもふ。
「……にしても、まだ怒ってるかなあ」
「かもなぁ。よし、俺に秘策がある!試してみるか?」
ニヤっと笑ったトムさんに身を乗り出した。
「教えてください!」
「よし、まずな……」
説明に目を丸くしつつ、荒くなる鼻息を止められなかった。
□□□
「!」
ドアを開き、名前を呼ぶ。
彼女は台所にいた。
「今日早いんだな」
「つーん」
無視された。けれど諦めない。
エプロンを着けて夕飯を作る後ろ姿に覆い被さった。
「……朝はごめん」
「反省した?」
「した」
囁くと火を止めて、腰に回した手の上に、小さな手のひらが重なった。
「俺も協力するからさ」
「……ダイエットに?」
気持ちは嬉しいけど、静くんが痩せたら困るよ?身体を反転させて上目づかい。あまりの愛らしさにぎゅーと抱きしめた。
「ちゅーしよう!」
「……は?」
すっげえ呆れた顔された。
慌ててフォローする。
「今日トムさんに聞いたんだ!一分キスすると六キロカロリー消費するって。だから、協力……」
「それ本当?」
胡散臭そうな顔をされた。
凹んでまた地面にのの字を書こうとすると、
「もう、わかったから。お腹すいたでしょ?ご飯にしよう」
「今日の飯なんだ?」
現金にも安心したら腹の虫がぐぅーっと鳴いた。
顔を見合わせ笑い、一緒にいただきますをし、洗い物をし、ソファーでくつろぐ。
洗濯物をたたみながら問いかけた。
「なー。ちゅーは?」
「んー?」
小首を傾げて頬に人差し指を当てる。
どうしようかな?のポーズだ。
他のやつがやったら腹立たしいが、だから可愛い。煽られている気分になる。
「なあ」
ソファーがギシリと音を立てて軋む。
「だって一分六キロカロリーでしょう?十分で六十だから、一時間くらいしてないと痩せないよ」
「じゃあ今すぐしないと間に合わないよな!」
息が掛かるほど近くで見つめ合って、最後は一気に詰めた。くちびるが触れあった瞬間、甘い味がする。数回そのまま音を立てながらくちづけて、次いでくちびる甘噛みした。
少し上がった顎に手を添えて、静かに押し倒した。
夜は長い。
でも短い。
シャツをまくり上げ手を入れようとしたら叩かれた。
恨みがましい目で見つめると、
「今日はちゅーの日でしょ?」
と微笑まれたので可愛いしムラムラするしで、どうしようかと思った。すると、
「静くんのエッチ」
そっちこそエッチな顔すんな、という言葉は口からでる直前で引き留めた。
首の後ろに指が絡みつき、引き寄せられる。
目を閉じると甘いくちびるが言葉を塞いだ。