ふたつの世界、ふたりの世界
京都旅行1
窓の外を景色が飛ぶように流れていた。
富士山見れるかなあ。ぼんやり眺めて、缶チューハイを飲んだ。同時に喉の奥で炭酸と酸味がはじける。
喉を潤すことに満足し、焼肉弁当に箸をのばした。
見るからにうまそうなそれは、噛みしめると肉汁があふれ出す、駅弁とは思えないおいしさだった。たれがしみ込んだ肉と米を一緒に食べるとまたうまい。
無言で食べ続け、最後の一口を放り込もうとした瞬間視線に気づいた。少し迷った後小声で問いかける。
「……食うか?」
「全部食べていいよ」
吹き出し、笑う彼女。
「そうか?」と言いながらも、ぱくりと口に含み、もったいない気持ちで飲み込んだ。するとあーんと言う言葉と共に卵焼きがせまる。
反射的に口を開いた。出汁のきいた卵の味が口いっぱいに広がった。次はマグロ、その次はエビ。最後に寿司飯。うまい、でも。
「お前の分がなくなっちゃうだろ」
「でもお菓子も食べたいし。だから静くん食べて」
瑞々しいくちびるが笑みを形作る。
お菓子ってお前、太るぞ。と呟いたら頬が膨らんだ。
膝をぱしっと叩かれる。俺は柔らかい頬をつつきながら、耳元にくちびるを寄せた。
「俺はが食べたい」
「静くん」
「が……」
「公共の場ではしたないことを言ったらダメでしょ?」
なんでだよ、を食べるのダメなのか……?新幹線とはいえ人も少ないし、せめてちゅーくらいいいじゃねえか。
しょぼくれると、弁当箱を片付けたがポッキーをあーんってしてきた。
ぱくっ。
うまい。幸せを押し殺しポリポリ音を立てた。
そして缶チューハイを飲んで、景色を眺めて、の手を握った。薄紅に染まった頬を手の甲で触って、お互いに寄りかかって目を閉じた。
京都駅まであと一時間。ぼーっとするのはなんでこんなに幸せなんだろうななんて考えながら。
かくして京都駅へ降り立つ。二人分の荷物が詰まったキャリーケースを左手で転がし右手で手を繋いだ。
「迷子になるなよ」
「静くんこそ」
そんな会話をしながら人混みをかき分けホテルへ。
小綺麗な正面玄関を入ると結婚式のウェディングドレス姿のカップルとすれ違った。
彼女の知人の紹介で安く泊まれたらしいここは、所謂高級ホテルというやつで、結婚式の会場にもよく使われるそうだ。
思わず、「へぇ」と感嘆の息をつくとがモジモジしだした。「トイレでも行きたいのか?」問いかけたら、手の甲を抓られる。
なんでいきなり抓るんだ、理不尽じゃねえか!と怒りが爆発しかけた。しかし、
「静くんの唐変木!」
頬を赤く染めほんのり目を潤ませて、怒られた。官能的とも言える表情と瞳の端に溜まった涙にボルテージが下がる。
「なんだよ。お、怒ったのか?」
足を止め、覗き込むと、何かを訴える表情で見上げられた。
理由がわからなかったので固まっていると、目をそらされ大きなため息をつかれた。
「?」
「なんでもない」
憂いをぬぐい去った顔で振り向く。
手をひっぱられた。
「チェックインしよう」
肩口をさらりと流れた髪。
見とれているうちに、手続きが終わっていた。次いでホテルの人から説明を受けて部屋へ向かい、カードキーで扉を開く。
まず目に飛び込んだのは大きな窓と綺麗な景色だった。次いで金の縁取りがされたベッドカバーのかかった広い寝台。枕が二つ並んでいた。
おお……と思っていると、はしゃぐ彼女に呼ばれる。
「静くん見て、お風呂がすごく綺麗!」
室内扉を開けると、高そうな洗面台があった。姿見を横にしたくらい大きな鏡と備え付けに置いてある数々の品物に驚く。しかし問題はそこではない。
鏡に天国が映っていた。
「風呂が……見える!!」
そう、鏡に映るのは透明なドアとその先にある湯船だった。湯船と言ってもうちとは違う、横に長くて、テレビまでついているすごいやつだ。
何故それがわかるかと言えば仕切るドアが透明だからだ。透明だから!!
「静くん」
静かに興奮していると、花のような笑顔でが振り向いた。
「覗かないでね」
地獄に突き落とす一言。
うん、とは言えなかった。こんなに広いなら一緒に入れるじゃないか、ダメならせめてちょっと眺めるくらいいいだろう。がお風呂に入っているときに手を洗うフリをして鏡に映るのが見えちゃうのは不可抗力じゃないのか!?
「静くん」
だめに決まってるでしょう、顔にそう書いてあった。
……そうか……そう……だよな、やっぱり。のぞぎは犯罪だもんな。
しかしはくすりと笑って、
「静くんのエッチ」
人差し指を立てて、くちびるをつついた。