ふたつの世界、ふたりの世界
裸エプロン
空気がじっとりと重い。
静雄はイラつく気持ちを宥めつつ、自宅へ向けて歩いていた。
途中、平和島静雄だな!?と絡んできたガラの悪い男たちをブチのめし、ドアを開ける。
すると、鼻先をくすぐった焼き魚の臭い。すんすんと鼻をひくつかせ、肩の力を抜いた。そして他人にはめったに見せない穏やかな笑顔で台所へ向かい、
「ただいま、今日の夕飯なん、だ!?」
春風の様に穏やかな気持ちは吹き飛んだ。しかしそれは怒りでキレたとかそういうことではなく、むしろ頬がゆるむとか、ニヤニヤが止まらないという方向。だけど驚きで顎が落ちた。
「静くんおかえり!」
菜箸片手に振り向いた彼女。艶やかな髪が肩口を滑り、ぷりんとしたお尻が誘うように揺れた。
そうだ尻、お尻、白いお尻。
静雄はヒッヒッフーと深呼吸をしながら考えた。
エプロンをつけている。ここまではいつも通り。
下に何もつけていない。
いつも通りじゃない!
「んあ!?」
静雄はテンパりながらも重要な単語を思い出していた。
──裸エプロン。
男の夢、エッチな写真の定番シチュエーション。でもここは現実だ。つまり……これはそういうファッション!?
大口を開けたまま固まった。しかし茉莉は気にかける様子を見せず、煮物の火をとめ、彼に歩み寄る。
そして肩に手をかけて背伸びをし、おかえりなさいのちゅーをした。
しかし今の静雄には甘い感触を味わう余裕はない。
なぜならエプロンからはみ出すのは白い谷間!
鎖骨!
丸出しの二の腕!
さらに太もも!!
息が荒くなるのを堪えて、もう一度深呼吸をした。しかし上目づかいで見つめる瞳に平静を失いかける。
「……茉莉っ」
「なーに?」
「そ、その格好どどどうした?」
声がひっくり返る。
すると、彼女は小悪魔めいた笑みを浮かべ、
「なんだと思う?」
小首を傾げた。
谷間ぷるるん。
「……っ!!」
静雄はキレた。
普段とは百八十度違う意味で。
「茉莉!」
肩を掴む。
見上げる視線を猛獣の様に飢えた目で絡め取った。
「それって裸エプロンだよな!?」
「うん」
「じゃあ、美味しくいただいてもいいってことだよなあ!?」
そのまま襲い掛かろうとする。でもやんわりと押し返された。
「ご飯できてるよ」
「ああ!?んなことより今は!!」
「だーめっ。冷めちゃうでしょ」
「……っいや、でもさ」
幾分かテンションが下がった静雄。
「私の作ったご飯食べたくない?」
「んなわけないだろ!」
「じゃあ食べようか」
行って腕の中からするりと抜け出した。
静雄は行き場のなくなった情熱に手の平をワキワキさせ、肩を落とした。