ふたつの世界、ふたりの世界

本当に本当に可愛いんだ!

田中トムは二十代男性だ。
わけあって現在は取り立てを職業としている。後輩と二人でテレクラ代金の踏み倒しや、ビデオの返却をしない輩どもから、回収してまわるのが仕事だ。
後輩は、池袋最強と呼ばれ不良どころか裏社会の連中にまで注意を向けていると評判の男だったりする。だがトムにとっては、地雷を踏まないように、自分が巻き込まれないように立ち振る舞えばいいだけことだったので、他人から言われるほど苦労を強いられているとは思っていなかった。
静雄は良い後輩であり友人でもある。直接聞いたことはないが、当人からも慕われていると思っていた。
それは素直に嬉しい。だが、
「本当に、本当に可愛いんす」
「ほ、ほほー」
照れながらシェイキーをきゅいきゅいと啜る。
前から思ってたけど、その効果音どうやって出してるんだ? トムはほんのり現実逃避をしながら、相づちを打った。
「たまにわざと可愛い子ぶってるんじゃねえかって思うときもあるんすよ。いや八割方わざとかな」
「おう」
「可愛い素振りで、自分の思い通りにしようとしてるってわかってはいるんです」
「……ああ」
「でもそれがまた可愛くて。しかも思い通りにしたいっていっても、一緒に出かけたいとか、散歩したいとか、今日の夕飯は炊き込みご飯がいいとかそんな理由で」
「……おお」
「そんなの可愛いに決まってるじゃないっすか!」
「ああ、うん」
「やっぱりトムさんもそう思いますか!? ちくしょう、のやつ可愛いのも罪だって、今度教えてやらねえとな!」
チーズバーガーをモフモフと租借しつつ、うなだれた。
でも口元がニヤけている。実に平和な光景だ。
トムは落ち着くために珈琲を一口飲んだ。そもそも、「ちゃん元気か?」と聞いたのは自分だ。
しかし、朝っぱらから妙にご機嫌で、チラチラとみられては問いかけないわけにはいかないだろう。
珈琲をもう一口飲み、彼は覚悟を決めた。
「んで、どうした? 朝からすげえ機嫌いいじゃねえか」
「わかりますか!?」
途端に瞳をキラキラと輝かせ、ポケットからハンカチを取り出した。 
勢いよく広げられたそれには刺繍で、『静くん』という名前とハートマークが縫い付けてある。
「すごいでしょ!」
「……えっとそうだな」
「俺がハンカチなくしたって言ったら、新しいの買って来てくれた上、次はなくさないようにって名前まで入れてくれたんす」
そしてひとしきり自慢すると、大事にたたみ直し胸ポケットにしまった。
「使わないのか?」
「汚れるじゃないっすか」
「あーそうだな」
ホクホクした顔で胸ポケットを撫でて、上機嫌にポテトを口に運んだ。
静雄が機嫌いいなら構わないけど、それ……多分女よけだぞ。
だがトムは、「他人の恋愛事情に首つっこんでも仕方ないよな」と呟いて、エビバーガーにかぶりつくことにした。