ふたつの世界、ふたりの世界
ノロケ? ただ事実を言ってるだけなんだけど
臭え、臭いやがる。
朝から漂ってくる悪臭にイライラしていたら、と喧嘩になってしまった。涙目にさせてしまったことに罪の意識を感じ、そんなことをしてしまった自分に余計苛立つ。
そして午前の回収が終わった直後、その大元が現れやがった。
「いーざーやーくーん、池袋に来るなって言ってるだろうが、ああ!?」
「シズちゃん、君になんの権利があって俺にそんな命令できるのさ? そもそもねぇ……」
ごちゃごちゃと理屈をこね始めたのを遮って、自販機を地面から引き抜いて投げる。すると腹が立つことにノミ蟲野郎はニヤニヤした顔のまま、それを避けた。
次いで標識を抜き取り、ぶん殴る。
「シズちゃんってばやっばーん」
「うるせえ!」
ノミ蟲は懐から銀色に輝くナイフを取り出し構えた。
切りつけるのを寸前で避けて、殴りかかる。そんな攻防を数回繰り返した後、睨み合った。するとヤツは嫌みったらしい仕草で肩をすくめる。
「だいたいおかしいと思わない?」
「ああ!?」
「こーんな野蛮な君にどうしてあんな、中身は歪んでるけど、外見は割とまともな彼女ができるんだか、俺には理解不能だよ。ひょっとしてお金? ああ、シズちゃんに限ってそれはないか、貧乏だもんね! じゃあ殴って言うこと聞かせてるの? 怖ーい」
「ああ!?」
先ほどよりやや声音が上がったことを自覚する。
こいつ聞き捨てならねえことを言いやがった!
「外見が割とまとも、だと!? んなことあるわけねえだろうが! は世界で一番可愛い!」
「……はあ? っていうか殴って云々のところは無視?」
そう言ってノミ蟲は鼻で笑った。
瞬間、ブチリと音がした──こいつ、俺のを笑いやがったな。ブチ殺す!
「ざけんな! は優しいし、ちょっと嫉妬深いところも可愛いし、料理うまいし、笑顔が可愛いし、胸は大きいし、毎日ワイシャツにアイロンかけてくれるし……いや待てよ。今のなし、てめえにの可愛さがわかるわけがねえし、わからなくてもいい! つーか俺一人がわかっていればいい!!」
言いながら標識を投げる。
アホみたいに口を開けたノミ蟲は直前で避けると、
「キモっ」
許しがたい言葉を吐き、俺に背を向けた。
「死ねっ!」
さらに悔しいことに投げた自販機を避けられてしまった。
だが翌日トムさんに肩を叩かれ、
「静雄、やったな」
「……なんすか?」
「聞いたぜ、折原臨也に一矢報いてやったんだろ」
「は?」
本気でわからずに、瞬きをした。
するとトムさんは、俺の背中を叩きながら、
「自分の事務所で、なんであんな化け物なんかに……っ。って呟きながら地面にのの字書いてるらしいぜ。ノロケも役に立つもんだよな」
右手を肩の高さまで上げたのを見て、同じように上げた。
そしてハイタッチ。
意味はわからなかったが、トムさんが言うならそうなんだろう。
にしても、
「ノロケ? ただ事実を言っただけなんだけどな」
首を傾げ、煙草に火をつけた。
紫煙は室内を漂い、換気扇に吸い込まれ消える。
夕飯は二人でロシア寿司もいいよなあ、と思いついて携帯を開いた。