ふたつの世界、ふたりの世界

お前を嫌いになった

*お題(エイプリルフール)

去年は、「実は幽が俳優やめて宇宙飛行士になったんだ!」と嘘をついた。
だってその前の年に、「静くん……驚かないで聞いて。幽君来年ハリウッドで女優としてデビューするんですって!」なんて嘘をつかれたからだ。
普通驚くよな? ハリウッドはまだしも女優ってなんだよ、弟じゃなくって妹になるのか?
焦って幽に電話をかけた。そうしたら弟はしばらく考え込んだ後、「兄さん……俺実は、女だったんだ」と衝撃の告白をする。

「なっ……!?」

返事に詰まった。
なんて言えばいいのかわからない。
どうして今まで黙っていたんだ、とかそれでもお前は俺の大切な兄弟だ、とか脳裏に過ぎったけど、何も言えなかった。
しかし直後、忍び笑いが聞こえる。

「……ふふ、兄さん。エイプリルフールだよ」
「は?」
「俺は女じゃないし、ハリウッドへもいかないよ。義姉さんは面白い嘘をつくんだね」

それを聞いて顎が落ちた。
つーかよく考えてみれば小さい頃は一緒に風呂に入っていたんだから、わからないわけがない。
一人で落ち込んでいると、が申し訳なさそうな顔で、「えっと……ごめん。すぐ気づくと思ったんだけど」と前髪を梳くっておでこをつけた。次いで豊かな胸に俺の顔を押しつけた。

「怒った?」
「当たり前だ……やわらかっ……、俺は怒ってるんだから……やわらけえ」
「ごめんってば、えーいサービスだ!」

頭上から言葉が降り注いだかと思うと、谷間に沈み込む。
俺は、おっぱいという名の天国へ降りた。
盆と正月がいっぺんに来たらこんな気分なのかな。脳みそが溶けて、気づいたら堪能していた。
それが一昨年だ。
今年は負けねえ!
パフパフにも負けない!
意気込んで挑んだ去年は、「宇宙飛行士になるんだ!」と俺が言った途端、きょとんとして、次いで笑い転げた。「静くん、可愛いっ、大好き」今度は正面から抱きつかれ胸元に頬をすりすりされた。
鼻の下が伸びた。
まさかの二連敗を喫する。
抱きつかれたのが嬉しくて、失敗したことをしばらく忘れていたのは秘密だ。
そして今年だ。三日ほど前から考えていた渾身の嘘だ。今回はいける。
ソファーでうたた寝しているに近づき、呼びかけた。


「うーん……今日は駄目だよ?」
「……えっでも今日は休みで……じゃなかった! ちげえよ、よく聞け」

大声を出すと、吃驚して上半身を起こした。寝癖のついた髪を撫でつけ
ながら上目づかいで俺を見上げる姿に、胸が高鳴る。
こいつは本当に何年経っても可愛い。それどころか日増しに可愛くなっていた。もしかして宇宙の終わりと同じで果てがないんじゃないのか?
そこまで考えて正気に返った。
俺は今日、嘘をつくんだ!
ソファーに腰掛けると、が寄ってきて、膝に手をのせた。次いで小首を傾げる。
俺は威厳を出すために咳払いをして、口を開いた。

「お前を嫌いになった」

どうだ!
これなら驚くだろうし、すぐに嘘だってわかるだろ?
けれど、直後響くはずの笑い声は聞こえず、予想と違う反応が返ってきた。

「……え?」

絶句し、瞬きを繰り返し、みるみるうちに瞳が潤んだ。顔色がさぁっと音を立てて青く染まる。

「嘘……だよね……嘘……ヤダ……ふぇっ」

大粒の涙が流れ落ちる。真珠みたいに落ちて、白い手が顔を覆った。

「ひぐっ、ヤダ……ヤダっ……ひっく……うっ」

首を振って、両手で顔を覆い小さくなって泣き喚く。
想像していなかった反応に固まって、慌てて肩をつかんだ。

「ちがっ、違う。今日エイプリルフールだろ!? 嘘!! 俺がを嫌いになるわけねえっつーか好きだ!! 泣き止めよ」
「……嘘?」

赤い鼻が痛々しい。目が充血していた。呆然と俺の顔を眺めていたは、口を半開きにした後、眉根を寄せて叫ぶ。

「バカ−!! ついていい嘘と悪い嘘があるってわからないの!?」
「ごめん。ならすぐ嘘だってわかると思ったんだよ」
「わかるわけないでしょ!」

また泣いてしまった。
申し訳なさいっぱいに、抱きしめて後頭部を撫でる。頬に手を当てて瞼をくちびるで拭った。頬を舐めて、濡れてしまった首筋も全部舐めた。押し倒すと、ソファーが音を立てて揺れる。腹部を撫でてそのまま捲り上げようとすると、

「駄目」
「……え、エイプリルフール?」
「嘘つきの静くんなんてだいっきらい」

顔を思い切り逸らされた。
凹んで身体を起こし、背中を丸める。
……どうせ俺なんて……でもだって今俺のこと大嫌いって言った……。
しょぼくれていると、背中に柔らかい二つの膨らみがくっついた。
振り向くと、目元を擦りながら彼女は囁く。

「もうこんな嘘つかないでね」
「ああ……俺、が好きだ」
「私も静くんが好き」
「俺も大好き」
「私も」

好きを何度も繰り返す。
そうして正面から抱き直して、くちびるを重ねた。