ふたつの世界、ふたりの世界
実は幽霊だったんだ
「実は俺、幽霊だったんだ」
洗濯物を畳んでいると、のし掛かるように迫ってきた静くん。
この子は何を言っているのだろうと思いながら顎を上げる。
そして首を傾げた。
「そうなの?」
「そうなんだ」
返事をして、ワイシャツを手渡す。
「アイロンかけておいてね」
「おう……じゃなくって!」
「うん?」
もう一度こくりと首を倒すと、同じ方向に首を傾げた彼。
天使みたいに金髪がふわりと揺れた。思わず頬に触れ、こめかみから指を差し入れ、頭を撫でた。
気持ちよさそうに目を細める姿に頬が緩む。
「はい」
撫でくりまわした後、白いワイシャツを手渡すと、話をすっかり忘れたのか鼻歌を歌いながらアイロンをかけはじめた静くん。
それにしても、実は幽霊だったんだなんて変な冗談。会社の人に教えてもらったのかなぁ。でもちょっと意味わからないよね。
……冗談だよね?
何考えているんだろう、静くんが幽霊なはずがない。けれど少しずつ不安がこみ上げて、アイロンをかける後ろ姿に恐怖がつのった。
だって私達は、『私』は普通じゃない。普段は気づかないだけで、落とし穴はそこかしこで口を開けて待っている。
だって、この世界にとって、私こそが幽霊のような存在なのかもしれないのだから。
「静くん」
「……ん?」
ワイシャツの襟の部分にアイロンを当てている。上の空な返事に心臓が変則的な音を立てて、押しつぶされそうになった。
「静くん」
堪えきれず背後から抱きつくと、驚いた顔で振り向いた。けれど私の顔を見るなり、膝の上に抱き寄せてぎゅって抱きしめてくれる。包み込む体温に不安がほぐれた。
「んだよ」
「静くんが変な冗談言うから怖くなっちゃったの」
「……あ?」
八つ当たりだと自覚しつつも、責めるようなことを言ってしまった。
すると彼は斜め上に視線を彷徨わせ、思い当たった風に口を開く。
「俺、幽霊じゃないからな」
「知ってる」
「じゃあなんで泣くんだよ」
「泣いてない」
「嘘つくなよ、泣いてるだろ」
綺麗な顔が迫り、瞼の端にくちびるの感触が触れる。ちゅっちゅと音を立てて降り、最後にくちびるの端を舐めた。
「俺がお化けじゃないって確かめてみるか?」
「……うん」
頷く。でも頬が熱い。
照れくさくて目をそらすと、やけに興奮した様子でシャツの間から背中を撫でた。指先がじれったく登り、ブラジャーのホックにかかった瞬間、焦げ臭い匂いに気づく。
「俺のワイシャツ!!」
急いで電源を切るも、白いシャツには焦げ目がついていた。口を半開きにし、肩を落とす静くん。
「幽からもらった俺のシャツ」
「私が話しかけたからだよね、ごめん」
「お前のせいじゃねえよ」
眉が下がったまま首を横に振る。申し訳ない気持ちが溢れて、問いかけた。
「明日新しいワイシャツ買ってくるから」
「……いいよ。ストックはあるし」
「でも」
覗き込む。すると、しょぼくれた表情が急に輝いた。
「なんかくれるなら、ワイシャツじゃなくてが欲しい」
「え?」
「がいい」
直球の言葉に、思わず頬が赤らむ。
「……静くんのスケベ」
抱きつくと、熱の籠もったくちづけが降り落ちた。