ふたつの世界、ふたりの世界
もう駄目だ、嫌われた……。もう駄目だ…。
薄暗いの街中を、漆黒のバイクが走る。ライトどころかナンバープレートすらないそれは、一見して交通法規違反だとわかる。しかしそのバイクを目にした人々にとってそんなことは問題ではない。
首なしライダー。
それは池袋に実在する都市伝説の名前だ。しかしそれは、最早見慣れた怪異であり、風景の一つとなりつつあった。
さて当の本人、首なしライダーことセルティ・ストゥルルソンは南池袋公園近くで見かけた知人の姿に、シューターの速度を緩める。
缶チューハイの缶を握りしめ、俯いているバーテン服の男。珍しくしょぼくれた姿に、セルティは驚き歩み寄った。
『静雄、どうした? 腹でも痛いのか』
心配の言葉もかけつつも、相手は池袋最強の男。大して心配していたわけではない。けれど上げた顔は、酔いと憔悴でげっそりしていた。
『な、なんだ!? どうした、そんなに腹が痛いのか?』
「……あーセルティか。よう」
『あ、ああ。って腹は大丈夫か?』
「腹……? ああ、いつもと変わらねえよ」
セルティは静雄の隣に腰掛け、迷いながらもPADを差し出した。
『何かあったのか?』
「……あー……まあな」
ふぅとため息をつき、蝶ネクタイを緩める。そしてチューハイを一口飲み、低い声で唸った。次いで頭を抱える。
「俺はもう、駄目だ」
『どうした!?』
友人の珍しい泣き言に身振り手振りで励まそうと慌てる。しかし、
「が……朝起きたらいなかったんだ」
『……は?』
彼女は首を傾げ、その女性を思い浮かべた。静雄の隣を幸せそうにに歩く姿。その視線は熱く彼だけを見つめていて、そう簡単に離れるとは思えなかった。
『いなかったってどういうことだ?』
静雄はチューハイを飲み終わったのに気づくと、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「朝起きたら、朝食の準備もしてなくて。しかも書き置きのひとつもねえ。メールも返ってこない。俺……フラれたんだ」
『いやいや待て早まるな。ちゃんってあれだろ、静雄のこと大好きじゃないか』
「いいんだセルティ……俺はもう、終わった……」
夜の闇に紫煙を吐き出し、がっくりと項垂れた。
セルティはなんと言って慰めたものかと思い、無意味な動きで慌てる。彼はそれを見て、儚く微笑んだ。
「ありがとな。でも、俺はもう生きていく気力が……」
言いかけたその時、携帯電話の着信音が響いた。
静雄は小首を傾げて胸ポケットから取り出す。そして液晶画面を見て瞳を限界一杯まで広げた。
「!?」
ミチリ、携帯が壊れそうな音で軋んだ。
『静雄、携帯が壊れるぞ!』
「うわっ」
取り落としそうになりながらも、急いで受話ボタンを押す。
「!? どこ行ってたんだよ……は? え、昨日の夜言った?」
みるみるうちに表情から険が取れて、しっぽが垂れた犬の如く背中を丸めた。彼らは五分ほど惚気た会話をした後、こっぱずかしい別れの言葉を言いながら携帯を切る。
「悪りい、勘違いだった。仕事なのを俺が忘れてただけだった」
『いや。何事もなくて良かったよ』
すると、大きなため息をつき後頭部をガシガシと掻いた。
「マジで……良かった」
涙混じりの呟きは聞かなかったことにいて、セルティは夜空を眺めた。