ふたりの世界、ふたつの世界
昨日すごいことがあったんだよ。聞きたい?なあ、聞きたい?
寒風吹きすさぶ季節、揺れるのれんは男達に一時の癒やしをもたらす。
トムは夕飯のラーメンをすすりながら、後輩を横目で眺めた。
以前はよくある光景だったが、静雄に彼女が出来て以来目減りした。それはそれで構わない、しかしたまには、男同士ラーメン屋で肩を並べるのも悪くはないと思う。
急にニヤニヤと思いだし笑いを始めた後輩に視線を向けた。箸を下ろし、後頭部を掻いたのをみて、臨戦態勢を整える。
トムは覚悟した。これから始まるノロケに砂を吐かない覚悟を。
「昨日すごいことがあったんす」
「ちゃんのことか?」
「わかりますか!?」
お前それしか言わないじゃんとは返せず、話の続きを促す。
静雄は一転して暗い顔つきになりため息をついた。
「今日から一週間仕事でいないのは言ったとおりなんすけど」
主人に置いて行かれた子犬のような表情から急転、デレっと顔が崩れる。
「帰ってきたら一緒に行こうねって、ホテルのバイキングのチケットをくれたんす」
デレを超えて顔面崩壊の体をなした後輩に、肩が震えないように我慢する。
バイキングに行ってきたという報告はこれで三回目だ。けれど静雄は嬉しくて仕方ないのだろう。
彼女は全部わかった上で、出かける前にその話をしていったのだ。そういう計算高いところも含めて、静雄とちゃんは合っているよなあとトムは思った。
「ひょっとしてメトロポリタンのランチブッフェか?」
「スイーツ五十種類って書いてありました」
楽しみで仕方ない、顔に書いてある。
ニヤリと笑って、後輩の肩を叩いた。
「よかったな」
「はい」
そして沈黙が落ち、ラーメンをすする音だけが響いた。