ふたりの世界、ふたつの世界

かき氷の話

*夏コミで無料配布したお話です。




全てのものがうだってしまいそうな真夏の午後のひと時。
とあるアパートの一室では長身に金髪の男と肉感的な体つきの小柄な女がテーブルにつっぷし、呪いの言葉と共に動かないエアコンをにらみ付けていた。
「静くん暑ーい」
「俺だってあっちいよ」
ガシガシと髪を掻きむしり、手の甲で額の汗を拭った。
よりにもよって、こんな日にエアコンが壊れてしまうとは運がない。扇風機から吹く風は粘り気のある熱気を帯びて、涼しくなるどころか苛立ちを加速させるばかりだ。しかもテーブルの対面に座る彼女は暑い暑いと文句ばかり言い続けている。
静雄の堪忍袋の緒は最早切れる寸前。
あと一言、彼女が余計なことを口に出せば自制を忘れ暴れ始めるだろう。事態は気温の上昇と共に急速に切迫し、時間をかけて培われてきたふたりの絆が壊れてしまう寸前、艶めかしい声が静雄を呼んだ。
「んっ……静くんタオル取って」
彼女が顔を上げる。すると絶景が彼の目に飛び込んできた。
それはテーブルの上に乗った豊かなふたつの膨らみの谷間。
yの時を描くそこに、首元から汗が一筋流れ落ちた。
静雄の喉がごくりと鳴る。みるみるうちに透明な汗が張りがあって柔らかい谷間に吸い込まれ、消えた。
「静くん?」
「ん、ああ。ほら、タオル」
「ありがと」
彼女は不思議そうに見つめた後、額を拭い次いで首元。さらに髪をかき上げうなじへ。静雄の目ははタンクトップのせいで丸見えの脇に奪われた。そうして最後に彼女は一瞬の躊躇もなく白いの谷間にタオルを差し込む。
挟んだ。
彼は思わず掠れるような声音で呟く。
「俺も挟まれてぇ」
「なにを?」
口をついて出た言葉を誤魔化し、可愛らしく小首を傾げる姿と谷間を瞼に焼き付けた。そんなことをしているうちに、沸騰寸前だった怒りは綺麗さっぱり消る。さらに彼女を喜ばせるアイデアまで浮かんだ。
「なあ、この前の福引きでもらったアレ出さないか?」
「かき氷器! 確か一緒にシロップも買ったんだっけ。食べよう!」
彼女は飛び跳ねるように立ち上がり一目散に台所へ向かう。
かくして一台のかき氷器がテーブルの真ん中に設置された。腕まくりして備える静雄に満面の笑みが見上げる。
「静くん、お願い」
「おう!」
語尾にハートマークを付けんばかりのおねだりに気をよくした。
かき氷器の蓋を開けて氷を入れ、ハンドルに手をかける。すると手回し式のそれはシャリシャリと音を立てて柔らかな雪の絨毯を作った。
汗だくになりながら二つの器一杯にかき氷を作り、シロップの前で腕組みをする。
「やっぱり王道ならイチゴ……でもメロンも……いやだけどなあ」
静雄は散々悩んだ末、メロンを選んだ。
苦渋の決断だった。
しかし眺めていた女は、彼がシロップをかけ終わると同時に何の躊躇もせず二つのシロップを傾ける。
「あー!!」
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ! なんで二つともかけてんだよ」
「だって両方食べたかったんだもん」
彼女はぷぅっと頬を膨らますという人前では決してできない表情を浮かべた。しかしすぐに改め鼻歌を歌いながらかき氷を混ぜる。
二つともかけるなんて邪道だという静雄と、家でしかやらないんだからいいでしょという彼女。
けれど二人の言い争いは、溶け出した氷に遮られた。
「……食べようか」
「そうだな」
揃って椅子に腰かけ、同時に手を合わせる。
「「いただきます」」
そして大きなスプーンで一気に口に含む。
シンクロのように行われたその動作は、ふたりにキーンという衝撃を与えた。
「「んーっ!!」」
仲良く頭を抱え一時的な頭痛に耐える。
それが終わると、顔を見合わせ軽口をたたき合った。
「静くん、一気に食べ過ぎ」
「お前もだろ」
にらみ合いは、すぐさま零れるような笑顔に変わった。
今度は少しずつかき氷を口に入れ、冷たさを堪能する。
火照った身体に心地よい口溶け。
それはシロップの甘みと相まって暑さを忘れさせてくれた。
彼女はひとしきり涼むと椅子を静雄に寄せ、身体を密着させる。
「はい、あーん」
メロンとイチゴが混じり合い、不可思議な色合いになった氷。静雄は苦笑した後、蕩けるような笑みを浮かべ口を開いた。
「うまいな」
「でしょ?」
瞳を見交わし、そっと微笑んだ。
そんなふたりの日常。