平和島家の長女
門田京平101回目のプロポーズ
獅子崎家での再会から数日後。
彼女の前に一人の男が現れた。そして逃げようとする身体を捉える。腕を掴み、
「先輩、好きです」
「……あ、アホかぁーーー!!!!」
真剣な顔に向けてストレートパンチ。
早朝の池袋に女性の悲鳴がこだまし、バトルのゴングが鳴り響いた。
□□□
京平はいつものように彼女を壁際に追いつめ肩に手を置いた。
純粋な力ではに分がある。しかし直接的すぎる求愛にどうしたらいいかわからず慌てていた。
「愛してます」
「あ、愛!?」
沸騰したやかんのごとく顔を染めて問い返す。だが彼の表情は一片たりとも動かなかった。
「あんた本気で言ってるの?」
視線を合わせる為に顔をあげ、潤んだ瞳で見上げた。
京平は即答する。
「愛してます」
次いで艶やかに微笑んだ。
恥ずかしさに耐え切れなくなったに殴られるまで。
□□□
彼はを理解していた。
彼女が結構我がままで、嫌な事は絶対にしない性分だと知っている。それを可能とするだけの努力も重ねてきたことも。
つまり、
「つき合ってください」
本当に嫌なら突き飛ばすなり殴りとばすなりして逃げるはずだ。しかし目を反らされるだけで逃げない。
京平はそこに勝算を持っていた。
決してモジモジしながら時折上目づかいで見上げるのが可愛いから、という理由で毎回壁際に追いつめているわけではない。
「つ、つき合うとか。だってあんた後輩だし」
「もう関係ないだろ?」
腰に手を添え、指先で顎を跳ね上げた。
が実のところ押しに弱いことに気づいたのはいつだったか。
「い、いきなりタメ語に、しかも耳元で囁くなー!!!!」
バカーと叫ぶ声すら愛しい。
病気だな、自嘲した。
□□□
街中で偶然静雄と会った。
そして京平は駆け出す。急いでタクシーを止め成田空港に向かった。イライラと腕を組み替えながらたどり着いた空港。走り回り、後ろ姿を見つけた。
勢いよく腕を掴む。
すると目を見開きトランクから手を離す。
「門田?……なんで……っていうか手、離して」
「断る。離したら逃げるだろ」
「だって仕事入ったんだもん。それにあんたにタメ語でいいなんて許可した覚えないし」
話題を反らす言葉は聞かない。
抱き寄せて囁いた。
空港の喧騒が消える。
彼女の鼓動だけ聞こえた。
「」
身体が痙攣し、心臓の音が早くなる。
「な、な、な!?」
挙動不審になった姿を見て、思わず背筋のラインをなぞった。
「ぁっ……ん、バカ、どこだと思ってるの!?」
こちらの腕が折れそうな勢いで振り払われた。注目を霧散させる様にトランクに手をかけ、早足で歩き出す。カウンターで手続きをしようとするのを遮った。
「門田、出国手続きできない」
このタイミングで出国させてたまるか。
内心で叫びつつも顔には出さない。
「京平って呼んだら離してもいい。あと俺とつき合うって約束したら」
「どういう条件よ!?」
「顔が赤いぞ」
「赤くない!!さわるなスケベ!」
「じゃあ本当に……」
後半は周囲に聞こえない様に囁く。
すると、
「おっと」
転びかけた。
「バカ!!さわるな、抱きつくな、ド変態!」
「腰抜けてるんだから離したら転ぶんじゃないか?」
耳元で呟く。
次いで顔をのぞき込むと、長いまつげに涙が溜まっていた。
指で拭って強く抱きしめる。
「、俺は本気だ」
絶句するのを見て、決めた。
「今からキスする」
「は!?何言って……っ」
言い切る前にくちびるを塞ぐ。
瞬間走馬燈のように過去がよぎった。
「……柔らかい、な」
「感慨を込めるな、京平のバカー!!!」
ますます愛しくなってもう一度キスしようとしたら、頭蓋骨が陥没しそうなほど強烈な一撃をくらった。気力を総動員して意識を保つ。
見ると彼女は顔を下げたまま固まっていた。
抱きしめる力を強くすると、肩が震える。
そして三十分ほど凍りついた後、顔を上げた。
髪が肩口を滑り落ちる。
首筋から柑橘系の香りがした。
長いまつげが数回はためき不安げに、
「浮気しない?」
「しない」
「絶対?」
「絶対」
次いで目をそらし、頷いた。
「……じゃあ……つき合う……かも」
京平は口元に手を当て、口を何度も開いて閉じる。「大切にする」ようやく告げた時にはの搭乗予定の便は飛び去った後だった。
かくして十年越しの想いはここに結実し、新しい物語が始まる。