お菓子をくれないなら悪戯しちゃうぞ!

池袋、とある事務所の一室でバーテン服とドレッドヘアーの男が仕事合間の一服をしていた。
静雄は窓から見える町の光景がいつもと違うことに気づき、首を傾げる。

「今日は妙な格好をしたやつが多いっすね」

黒のとんがり帽子、魔女の仮装。果ては巨大なカボチャを被った子供までいる。
それを聞いたトムはふぅーっと煙草を吐き出しながら答えた。

「ハロウィンの仮装だろ」
「ハロウィン?」

不思議そうに再び首を捻る。聞き覚えがあるような、ないような。
彼の上司は静雄の導火線に触れないように答えた。

「まあ俺らのガキの頃はんなイベントなかったしな。ハロウィンってのはああやって街中を仮装して歩く……外国の年中行事、みたいなもんかね」
「外国では変わったことするんすね」

最後の一服を終え、煙草を灰皿で揉み消す。
トムはそれを眺めて、いたずらを思いついた笑顔を浮かべた。

「でな、トリックオアトリートって言うわけよ」
「はい」
「つまりお菓子か悪戯ってことだな。相手がお菓子をくれたらそれで終わり、けど持ってなかったら……」

気づき───ごくり、息をのむ。

「っ!?どうなるんすか」

顔を近づけ、呟いた。

「悪戯だ」

そして意味深に微笑み、人差し指を立てる。

「静雄、この先は言わなくてもわかんな?」
「うっす」

力強くうなずき帰宅の準備を始める。
トムは慌てて仕事終わってからにしろ!ちゃんに怒られるぞ、な?
と止めに入るのだった。





□□□





仕事が終わり帰宅する。
静雄は自宅の前で深呼吸を繰り返していた。
考える。
家に帰る、それだけだ。
二人で暮らし始めた当初と、もにょもにょの後はしばらく緊張したが、今はなんてことない。
可愛い。
可愛い可愛い可愛い俺のが待っている。
それだけのはずなのにとてつもなく緊張した。
手の震えを抑えて鍵を開ける。
「ただいま」口を開いた瞬間、柔らかい固まりが抱きついた。

「おかえり!」

ひよこさんのエプロンをつけた彼女。
ふわりと靡いた髪から汗の混じった甘い香りがした。
鼻の下が伸びる。
いやいや、今日はそんな場合じゃない!
気を取りなおし問いかけた。

。トリックオアトリート!」

すると彼女は見上げ、パチクリと瞬いて、

「はい」

前掛けからチュッパチャプスを出した。
……え?
固まると、小首を傾げ次いでポンと手を打ち、包装を剥がしてくれる。
差し出されたので口を開けると大きめの甘い固まりが舌に乗った。チェリー味。
なんでこいつお菓子持ってんだ?
だけど、

「おいしい?」

問いかける花のような笑顔に、先ほどまでの困惑が消えた。

「ん、ありがとな」

悪戯はできなかったけどこういう雰囲気もいいかも。
しかしゆるりとした空気は、小悪魔の登場で変わった。
天使の笑顔が妖艶な悪魔へ。

「静くん。トリックオアトリート!」
「……え?」

舐めていたチュッパを出そうとして怒られた。

「それは私があげたやつでしょ?トリックオアトリート!」

自分が悪戯することばかり考えていて、こんな返しをされると思わなかった。
困っていると、艶めいた笑みが上目づかいに見つめる。

「ないの?なら……悪戯しちゃうぞ!」

玄関先で押し倒された。

「ちょ、待て!せめてベッドにしろって!おい!!」
「悪戯だもん、待ったなしだよ」
「うわっやめろー!」
「ふふ、問答無用」



本気と嬉しさない交ぜになった悲鳴が響き渡る。
ハロウィン。それは彼女が彼に悪戯をする日。