静雄と私の壊れた世界



設定:十歳前後、静雄八歳。
小さい女王様と振り回される少年のお話+α。

前編 / 後編 / あとがき

2010.08.21-22




*   *   *



前編

は苛立っていた。
天才子役、ジュニアアイドル。呼ばれ、もてはやされた。彼女が望んで手に入らないものはなかった。
でも日々はあまりにせわしなく過ぎ去る。

「疲れた……もうやだ」

連日の撮影、テレビの出演。
法律が守ってくれる部分もあるが、「余人に代え難し」はそういう存在だった。
学校、仕事、仕事、仕事……幼い身には酷なスケジュール。
しかも、

「これが終わったらお母さんが迎えにくるからね」

母が傍にいない。
撮影の前後、送り迎えは一緒に来てくれる。でも、

「うんざり」
「まあまあ」

マネージャーから顔を背けた。

「嫌よ、あのオジさん口臭いんだもん」
「こ、こら、そんなこと言ったら駄目だろ?」
「うるさい!!! 出てけ!!」

癇癪を起こす。
嫌気が差した。
ブランドもので固め若作りをする母も、事なかれ主義の父も、追従ばかりのマネージャーも、全部!

「インタビューまでに迎えにくるからね」

はいはい、と大人びた仕草で追い払い、机につっぷした。
私だって小学校に行って友達と遊んだり、お母さんの作ったご飯が食べたい。ひらひらのワンピースもピンクの髪飾りも、慣れてしまえば心を慰めてくれなかった。
は日々に嫌気が差していた。

「……よし」

決意して窓を開け放つ。
以前から目をつけていた楽屋の窓まで届く大木。少女はスカートをまくりあげ窓のフレームに足をかけた。
落ちたら怪我をするとか、うまく脱出できたら大勢の人に迷惑がかかるなんて事柄は抜け落ちている。
憂いた小鳥はかごの中から飛び出す。
ただそれだけのことだった。
そしては大木に足をかけ───落下した。




*   *   *



初恋だった。
牛乳をもらって、優しい笑顔を向けられて。相手は大人の女性でただ遠くから眺めることしかできなかった。でもそれが幸せで。
思うにそれが子供と大人の違いなのかもしれない。
見返りを求めることない純粋さ。
だけど静雄は壊した。
強面の男たちに腕を掴まれた彼女を見て、チュッパチャプスの棒が折れる。
覚えているのはそこまでだった。
制御出来ない力は男たちを吹き飛ばし、パン屋さんを壊し、彼女自身まで傷つける。
大好きな人を壊した。
力を制御できない。
……これからもずっと?
誰かを好きになる度に巻き込んで壊して、傷つけて。
そういう風にしか生きられない。
大木の木陰、公園で一人空を見上げた。

(俺には人を好きになる資格がないの……?)

入道雲が浮かぶ青空。蝉の声がやかましく響き渡り、梢が鳴る。
独りだ。
幽は夏風邪をひいて寝込んでいる。付いていてやりたいけれど、かえって邪魔になってしまう。だからここにいる。
遠くから同世代の少年達の遊ぶ声が聞こえるけれど、弟のいない公園は広くて、寂しくて、孤独だった。
発作のごとく暴れる様になってはじめはいた友達も、一人減り二人減り、気づけば誰もいない。
一人。
独り。
ずっと一人。
それは永劫に続く責め苦だと思った。あるいは傷つけてしまった人達への報い?



だけど変化は突然訪れる。
孤独を引き裂いて空から降って来た。
ひらひらのワンピースと水玉のパンツ……じゃなくて、それを履いた女の子。

「きゃあーーーー!!」

とっさに両腕を前に突き出した。
もし彼が普通の小学生だったら、受け止めきれず共に怪我を負っていたかもしれない。しかし静雄は「普通」から逸脱した存在だった。
衝撃に耐え抜き、腕の中を見つめる。
女の子だ。
猫の様に柔らかい髪が腕をくすぐり、長いまつげが閉じた瞳を彩る。
二、三歳年上に見えた。近所では見かけない洗練された雰囲気をもつ少女。ドキマギと見つめ、瞳が開くのを待った。
だけど幻想は口を開くまで。
勢いよく目を開き、傲慢に言い放つ。

「ちょっとあんた、もっと優しく受け止められなかったの? 痛いじゃない」
「……は?」

全然可愛くない。
感動を返せ。
頭に上った血流は、彼女の腕を握ったままの掌に力を込める。

「痛いっ!」
「……あ」

みるみるうちに腫れ上がった二の腕。
宝玉のような瞳に涙が浮かんだ。
静雄は悔恨と共に覚悟する。
すなわち少女が恐怖の表情を浮かべ、逃げて行くのを。
だが、

「馬鹿!!」

叫んだ少女はポカポカと殴るだけで、離れない。
あっけにとられているうちに、「水道は?」と聞かれたので、腕を引いて案内した。
彼女は文句を零しながら痣を冷やす。

「ハンカチ持ってる?」
「持ってるけど」
「貸して!」

水滴を拭いながらくっきりついた手の形の痣を眺める。
湧き出した罪悪感に口を開いた。

「……ごめん」
「むぅ……」

唸り、何故か腕組みをし、次いでプイっと目を反らした。

「折れてないみたいだし、別にいいけど!」
「おい……えーとあんたは……」
「あんた?」
「……だって名前知らないし。なんて呼べば良いんだよ」
「私のこと知らないの?」
「初対面で知るわけないだろ」
「……へぇ……私は、あんたは?」
「平和島静雄」
「平和島静雄? ふーん」

言って覗き込む様に顔を寄せる。
靡いた髪が首筋をくすぐって、シャンプーの匂いがした。
高鳴った心臓と赤面した頬が恥ずかしくて身体をそらして逃げる。だが大して変わらない背丈。逃げ場はなかった。
しかし少女は唐突に、

「静雄、が一緒に遊んであげる」

風が凪いで、必殺の笑顔を浮かべた。




*   *   *



後編

は困惑していた。
楽屋をぬけだそうとして、落ちた。
しかし気づけば見知らぬ公園で、知らない少年の腕の中。
……ここはどこ?
八歳か九歳、あるいは自分と同い年くらいだろうか。
平和島静雄と名乗った。
のことを知らないと言った少年。
それが不思議でならなかった。なぜなら連日テレビに舞台に映画と出ずっぱりな自分。この日本で生きていて一度も見たことがないはずなんてない。
教育方針でテレビを見ないとか?……それにしたっておかしい。
変なことはまだあった。
前記したとおりは楽屋にいた。木から滑り落ちたくらいで遠くの公園に来られるはずない。梢の途中にどこでもドアでも設置されていたとか。
……バカバカしい。
しばし思案して、まあいいかと結論を出した。
よくわからないが、無事楽屋から抜け出し、マネージャーの目の届かない場所に来た。それで良しとする。帰りのことはあとで考えればいいや。 楽観的に帰結し、スキップしたい心地で歩き始める。昼間に外を歩くなんて久しぶりだ。

「ね、どこで遊ぶの?」
「それより腕、湿布とか貼らないとだめだろ」
「病院?」
「いや、友達? の家」
「なんでクエッションマークつき?」
「……変なやつだから」
「変な人のところ行くの?」
「一番近いからな」

ふーんと相づちを打って、静雄の後ろを付いて歩く。
赤いTシャツが風に揺れて、お腹が見えた。
男の子なのに綺麗な肌、と思いながら眺める。

「なんだよ」
「別に」

そして到着。
高級そうなマンションの扉が開いた。
笑顔で迎える同世代の少年。

「どうしたの静雄君? ……えええー!!? これは驚天動地、奇々怪々、まさに……ぐえぇ」
「うるせぇ!!」

湿布出せ、湿布。
かつあげをする中学生のごとき様子に興味津々見つめた。視線に気づき頬を赤く染め、頭を掻いた静雄。
新羅はおでこを撫でながら、笑う。

「へぇー」
「さっさと出せよ」
「静雄君は横暴だなぁ」

言いながらも部屋に二人を招き、湿布を取りだした。
しかしてはお礼の言葉もそこそこに静雄と新羅の腕を引く。

「遊ぼう」




*   *   *



はうるさい。
遊ぼうと連呼し、果ては年上の言うことが聞けないの?とジャイアン理論を持ち出した。
普段ならば絶対にキレている。だが頭に血が上るたびに、湿布が目に入り怒りきることができなかった。
それに、

「静雄、ねえってば」

言って腕をひく感触。
甘えるように傾げた首。
愛らしいくちびる。
女だ。女に遊ぼうと迫られている。
静雄はおもはゆい感慨に鼻先を軽くこすり、歩きだした。
続くと新羅。

「新羅、なんでお前までついてくんだよ」
「なんでっ言われても」
「みんなで遊んだ方が楽しいでしょ」

右に静雄、左に新羅。
二人の手を握りしめ、ご満悦の笑顔に舌打ちをした。
だがは欠片も気にせずニコニコと笑う。

「行こう!」

腕をひっぱる。
静雄は新羅と目を見合わせて、同時に肩をすくめた。




*   *   *



「ねーあれ何のお店?」
「駄菓子屋行ったことないのかよ」
「うん」
ちゃんは変わってるんだね」
「そうかな?」
「お前ら、五月蝿い」
「「ヤキモチ?」」
「ちげーよ!!」


「アイス美味しい!」
「あはは、僕はかつあげされた気分だよ」
「キュイキュイ」
「静雄、なんかアイスから変な音が出てる!?」
「キュイキュイ」
「なんで!? 静雄すごーーい!!」


「アスレチックしたい!」
ちゃん、パンツ見えるよ。あはは」
「見るんじゃねーよ」
「静雄のエッチー」
「静雄君はむっつりスケベなんだね」
「新羅お前、ぶっ殺す!」
「なんで僕だけ!?」


「静雄ー! が落ちたら受け止めてね」
「……落ちんなよ」
「いっきます! きゃーーーー!!!」
「わ! 本気で落ちんなーー!!」
「二人は最早以心伝心、合縁奇縁とはまさにこのことだね」




*   *   *



一日遊び回った。最後にがどうしてもと言うので木登りをした。
町一番の大木。

「パンツ丸見えになるよ。まあ今までさんざん見たけどね」

カラカラと笑う新羅にデコピンをして、問いかける。

「登れんのかよ」
「ううん……でも静雄は登れるでしょ?」

はいおんぶ、と言った姿にこめかみに青筋が立ち、次いで気が抜けた。
ほらよ、としゃがむと甘い匂いが鼻をくすぐる。

「しっかり捕まってろよ」
「うん」

痛そうに額をこすっている新羅を置いて、木登りを始めた。
登って、登って、幹の太いところの一番上にたどり着く。を比較的安全そうな木の股に下ろした。

「たかーい」

恐がりもせず遠くを眺める彼女。二人で広がる景色を眺めた。
沈む夕日と広がる町並み。
静雄は傍らをちらり、眺めた。

「怖くないのかよ」
「全然」

言って彼女は大人びた微笑みを浮かべ、うつむいた。
何故か耳が赤い気がする。照れくさくて頬を掻いた。

「その、ね」
「なんだよ」

さらにモジモジと身体をくねらせ、顔をあげた。
頬を夕日と同じ色に染め、節目がちに見つめる幼い美貌。
心臓が破裂するかと思った。

「ありがとう」
「……へ?」
「だから、ありがとう!」

想像と違った言葉に少しがっかり、だけど気を取り直して。

「別に」

目を反らした。
だけど本当の衝撃は直後来る。

「静雄」
「ん?」
「今日、すごく楽しかった」

ぷちゅ。
ほっぺに柔らかい感触。

「ありがとう」

全身の血液が顔面に集合する。
初めてみる子供っぽい笑顔に、静雄は木から落ちかけた。




「またね」

走り去る瞬間、一面桜花が薄紅の花を散らす。
幻覚は、蝉の大合唱がかき消した。



しかして次の日もそのまた次の日も、「ひさしぶり」と笑う姿を探した。
けれど。
静雄はいつしか感情に蓋をして、少女を忘れた。










窓の外から蝉の大合唱が聞こえた。
は寄りかかって、問いかける。

「静くん、もしかして夏が嫌い?」
「……別に」

膝の上にまたがり、両手で頬をひぱった。

「嘘、去年も機嫌悪かったじゃない」

のぞき込んで、「ん?」と微笑む。
すると静雄はなんとも言えない表情を浮かべ、彼女の胸元に頬を寄せた。

「夏は嫌いじゃねぇけどこういう夕方はなんかダメだ。のどの奥に骨が刺さったみたいにイラつく」
「それは初恋関係?」

髪を梳きながら、問いかけた。

「違う……いや違わないかもしんねぇけど。もっと……懐かしくて柔らかくて……でも思い出せねぇ」
「そっか」

相づちと共に強く抱きしめた。
甘い香りが静雄の鼻をくすぐり、柔らかい胸で窒息しかける。

「私も昔のこと忘れるようにしてたら、大切なことまでまとめてぬけ落ちちゃった。あの頃楽しいことだってあったはずなのに、全然思い出せない」
……」

泣き出しそうな表情になった静雄にくちづけして、花のごとく笑んだ。

「だから楽しい思い出いっぱい作ろう。忘れちゃった思い出が歯ぎしりするくらい、たくさん!」

心に刺さった刺が溶けて消える。

「そうだな」

静かに微笑んで、抱きしめた。

end






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*   *   *



あとがき

ふたつの世界、ふたりの世界幼少期トリップでした。
最後までご覧いただきありがとうございます!!ですが一つ、ちょっと……もしかして……静雄のパン屋のお姉さん云々って……十一歳の出来事でしょうか?さきほどデュラララの全テを読み返していて気づいたのですが。あれー?;すいません、八歳ということにしておいてください。静雄十一歳はともかく、ヒロイン十三歳前後でこの性格では子供っぽすぎるので。

気を取り直しまして。もし子供時代にヒロインがトリップしてたら、というお話です。書きながらこの二人は人格形成の根本的な時期に孤独を抱えてるんだなと思いました。
似た者同士。
ヒロインは気づいたら楽屋近く、桜の下で寝ていました(マネージャー発見)
夢?と思った直後に腕に貼った湿布を見て、「また会えたらいいな」なんて呟きます。
その願いが叶うのは十年以上後のことですが……。
そして双方共にこの時のことは覚えていないけれど、影響はし合っているという設定。ヒロインがスタントマンになったのは(無意識に)静雄の力に憧れて。静雄が年上好きなのも(夢的に)ヒロインが好きだったから。そんな非常にご都合主義ではありますが(笑)
読んでいただきありがとうございました!