[お疲れさん]

は電車の窓に映る顔のひどさにため息をついた。
泊まりがけのロケからの帰り道。 日程がギリギリだったのは仕方ない。
しかし、

「……」

携帯を取り出しディスプレイから視線を逸らす。

『夜景の綺麗なレストランを予約したよ。明日俺のフェラーリで迎えに行くね』

異性から絡まれることはしばしあった。だけど今回はやけにしつこい。
なぜ断言口調?こちらの予定を確認しようと思わないのだろうか。
閉じて無視することにした。
迎えに行くと言ったってこちらの住所を知らないのだ。口だけだろう。
相手は最近人気の俳優で、ロケの最中をくどき続けた。
最初は婉曲的に断っていたのだが効果なく、脈があると思い込んだ男はしつこかった。
最終的には「私彼氏いますから」と断言したが、「どんなやつ?少なくとも俺レベルじゃないだろ」などと言い出す始末。
……俺レベル、ね。
殴ってやろうかと思った。
ふざけんな、あんたなんて静くんの足下にも及ばない。
我慢に我慢を重ねた三日間、ようやく終え帰途についた。
東京駅から丸の内線に乗り一路池袋へ。
近づくごとにナンパ男の存在感が薄くなる。
気持ちがはやった。
静くんに会いたい。会ってぎゅってしてほしい。
貧乏揺すりを我慢した。
電車がホームに着く。
階段を駆け上がって、人混みを抜けた。
心臓の鼓動が早い。ついにアパートの前にたどり着いた。
大きく深呼吸をして、鍵を取り出す。
ドアノブをひねり、内側に向けて引かれた扉に目を見開いた。
顔をあげたら大好きな笑顔。
ジャージにTシャツ。左手をポケットにつっこみ右手でドアノブを握っていた。

「おう」
「……静くん?」
「んだよびっくりした顔して」
「だって」

鍵を鞄に入れるのも忘れて立ち尽くす。
たった三日会わなかっただけなのに、百年ぶりみたいに感じた。
見つめる。
照れて逸らす。
頬をぽりぽりと掻く仕草。
胸にこみあげる感情を我慢できない。
手のひらを握りしめ、近づく。背後で扉が閉まる音がした。

「静くん」
「……え、あ……うん。どうした?」

妙な空気に頬を赤らめる静雄。
大きな手のひらをぐーぱーさせて、一度咳払いをした。

「お疲れさん」

ぽふっと頭を撫でる。
───これだ。
私はずっとこうして欲しかった。
あふれ出す感情を我慢しきれず、飛びついた。

「静くんっ」
「ん?」
「好き、大好き。すごく寂しかった」
「どうした、藪から棒に」

不思議そうな顔をした静雄。
すこしむっとした彼女は意地悪をする。

「静くんは私と会いたくなかったの?」
「なっ!?……俺も……その会いたかった」
「本当?」
「俺が嘘つくとおもってんのかよ」

ぷるぷると首を横に振る。
すると彼の顔色が変わった。何かを我慢するように手を握りしめ、

「……ちくしょう、誘ってるってわけじゃないよ……な」
「何?聞こえない」
「なんでもねえよ。腹減ってるだろ」

カレーライスの良い匂いがした。静雄お手製半分レトルトカレー。
ぐぅっと音を立ててお腹が鳴る。

「正直な腹だな」
「だめ?」
「……いい」

声が優しい、そんなところが好き。全部好き。静くん、静くん、静くん……っ大好き!!
はリビングに進みかけた腕をとって、かみ付くようなキスをした。
鞄が床に落ちる。後頭部を大きな手のひらが包み込んだ。
目を開くと、金色の獣が舌なめずりするのが映る。
───食べられちゃうのかな。
思って微笑んだ。