二人で温泉へ行くお話。時系列は特に考えていません。
ご感想等お気軽にいただけると嬉しいです→ウェブ拍手
2010.06.13
彼女が目をしばたかせるたび、長いまつげが揺れる。
静雄は気まずそうに後ろ頭を掻き、問いかけた。
「やっぱ、でかいか?」
「そうね」
一人くらいなら簡単に入れそうなトランクケース。
彼女はほどよい大きさの胸の前で腕を組み、首を傾げた。
───可愛い。
抱きしめたくなるのを堪えて、持ち上げる。
「新羅に他のないか聞いてくる」
「そこまでしなくてもいいよ、持てるかなって思っただけ」
「……俺が持つつもりだったんだけど」
「いいの?」
「……いい」
自立心強い言葉に眉間の皺を深くした。
───俺を頼ってくれてもいいのに。
けれど、
「静くん、ありがと」
背伸びをして、眉間をぐりぐりした指先に苛立ちは収まった。
感慨深げに呟く。
「旅行、か」
修学旅行以来のイベントに、心が弾むのを感じた。
木造の古風な門が迎える。
砂利道を超えて、引き戸を潜ればそこは老舗温泉宿。
はうなぎ上りにあがるテンションを押さえきれずに、シャツの裾を引いた。
「着いたね!」
「すごいなこれ」
呆気にとられた顔で頭上を眺める静雄。
その表情を見られただけでも、わざわざいい宿を予約したかいがあるというものだ。
ちなみに費用は全額彼女持ち。
静雄はかなり渋ったが、「じゃあ身体で払ってね」と語尾にハートマークを飛ばしながら言われた言葉に、顔を赤くして頷いた。
どうすれば身体で払えるか、真面目に考え始めた腕を引いて、輝く笑顔で見上げた。
「早くチェックインしよう!」
彼は邪な欲望が胸に去来するのを止められなかった。
和服の仲井さんに案内されて入った広々とした和室。
高そうな掛け軸に、大理石のテーブル。
そして……内風呂。
はしゃいで部屋を歩き回る後ろ姿を凝視する───主に形よいお尻のあたりを。
自然、喉が鳴った。
平和島家の風呂場は狭い。故に一緒に入ったことはない。
ということは、つまりだ!
「静くん?」
「へあ!?」
突然胸元にワープしてきた(様に感じられた)は上目づかいに見上げて、問いかける。
「ね、お風呂入らない?」
是非!
なんなら服を脱がせましょうか!?
反射的に叫ぶのを堪え、なんでもない風を装って返事した。
「ああ、いいけど」
「私ね、ここの大浴場すっごく頼みにしてたの!!」
……大浴場?
静雄の時は止まった。
その間にも楽しそうにお風呂セットを準備する後ろ姿。
がっくりと項垂れ、直後まだチャンスはあるさ、と気を取り直す。
「行くか、大浴場」
「うん!」
しかして二人は手をつないで歩き出した。
浴衣姿の男女が温泉街を歩いていた。
長身な男と小柄な女。両者の共通点は「容姿が整っている」こと。
人々の視線は当然のごとく二人に集まる。しかしそういうったことに疎い男と、わかっていながらも無視をする女にはどうでもよいことだった。
だが、
「兄さん……と義姉さん?」
目立つ、ということは知人に発見されやすいということで。
温泉街レポートにやってきていた羽島幽平、平和島幽はロケバスの中で呟いた。
「羽島さん、どうかしましたか?」
「なんでもありません」
表情一つ変えることなく答えて、視線を車外に送った。
次いで観察する。
指先を絡めて仲睦まじく歩く二人。
あ、試食のお饅頭食べた。
兄さんの口にあんこついてる……義姉さんが舐めてとった───兄さんの顔が赤くなって、怒ってる。
でも一瞬で収まった。
二人並んで歩くのが、ごく自然に輝く。
「よかったね……兄さん」
幽は近しいものしかわからない笑みを浮かべた。
柔らかく、愛しげに。
白球がボードの上を跳ねた。
予想外の跳躍。
すると彼女の膨らみも跳ねた。
───柔らかそうだ。
うっかり想像し、前のめりになる。
「妙技、綱渡り……なんちゃって」
先取点を決め、ラケットと左手を打ち鳴らして喜ぶ。
その様子は可愛い、すごく可愛いが、絶対に負けるわけにはいかなかった。
軽快に微笑む。
「ストレートで決めちゃうかも?」
「絶対負けねえよ」
静雄は背景に炎を背負い、卓球台の前でサーブの構えをとった。
しかして勝負は始まる。
「静くん、卓球しよう!」
「でも壊したら悪りぃしさ……」
「大丈夫、大丈夫、こつを教えてあげるから」
言って胡散臭い笑顔を浮かべる。背伸びをして静雄の耳元にくちびるをつけた。
「×××の時みたいにすれば壊れないと思うよ」
「……なっ!?」
周囲をあたふたと見回し、他人に聞かれていないことを確認した。
みるみる染まる頬の赤らみを隠す為、口を開こうとする。
しかし彼女の言葉が一歩早く、
「静くんが勝ったら今夜はなんでも言う事聞いてあげる」
やる気という炎にガソリンが注ぎ込まれたのだった。
そして白熱の一夜が過ぎて、
翌朝。
胸元にもたれる女の身体を支えて、湯船に浸かる。
朝日にキラキラと輝く湯気と白い肌を伝い落ちる雫。首筋、胸元は言うに及ばず全身のいたる場所に付けられた、というか付けた赤い跡の惨状に小さく呻いた。
───これじゃ全身打撲を負わせたみたいじゃないか。
睨まれるのも当然だと思った。
「なんでもしていいって言っても限度があるってわかるよね?」
しっぽを垂らした犬のように項垂れる。
すると彼女は鎖骨の辺りに爪を立てて、見上げた。
「今度やったら本気で怒るからね。今日はもうしない、いい?」
「……はい」
「反省した?」
「した」
「じゃあ許してあげる」
頷く。
ほっとした。
しかし試練はまだ終わっていない。
細い腕が首に回った。
「……静くん、愛してる」
閉じられた瞼。
逆上せて火照った頬。
首筋。
押し付けられる白い乳房。
臨界点は一瞬にして振り切れた。
合わさるくちびる。絡み合う舌先。
───俺は悪くない。
思って彼女のお尻を触った。
……怒られた。
「や・く・そ・くは!?」
「……だってさ」
「だってじゃない」
「……っ!! この状況で立たないなんて男じゃないだろ!?」
「何それ、言い訳?」
花の様に微笑み、彼のとある部分をツヨク握りしめた。
「い!? ギブ、ギブ、……それはホント無理だから!! 男じゃなくなる!!」
「ダメ、おしおき」
綺麗な花には刺がある。
その日の朝、静雄は心の底から実感した。
電車を乗り継ぎ、喧騒の街へと降り立つ。
そして見慣れた我が家へ。
二人は荷物を下ろし、なんとはなしに見つめ合った。
次いでどちらともなく微笑む。
「楽しかったね」
「だな」
「また行きたいな」
「今度は俺が奢るから」
「楽しみにしてるね」
でも、と二つの声が重なった。
「「家が一番だね」な」
言って噴き出し、声を出して笑い合う。
これは歪んだ世界が生んだ、ある愛の話。
静ちゃんと温泉っていいよね!着流し浴衣、はだけて見える静ちゃんの鎖骨!
というアホな構想でできあがりました。そうだ、温泉に行こう!
全体的に静ちゃん視点中心にしてみました。
ちなみに卓球一番勝負は静ちゃんの勝ちです。お願いはなんだと思いますか?
正解は、「キスマークをどこにつけても怒らない!」でした☆
なので卓球→翌朝で一晩過ぎています。
余計なことを書きそうなので、この辺りであとがきを終わりたいと思います。読んでいただきありがとうございました!