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ふたつの世界、ふたりの世界

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 桜花舞う春風。
 街灯に照らされ、花弁がゆらりと舞い落ちた。数日ぶりに帰る我が家の姿に自然と鼻歌が漏れる。鞄の前に立ち、鍵を開いてそして、
「……あ?」
 目が合った。
 それは煙草を片手に佇むバーテン服の青年。低い声が威嚇するように響いた。
 前髪が吹き込んだ風で揺れ、花びらが視界を遮った。一歩下がり表札を見るとそこには私の名前がある。
 頭が真っ白になった。でも悲鳴を上げる直前、何かが心に引っかかり口をつぐんだ。
 金髪、バーテン服、サングラス、煙草、さらには長身の、男。
 それが『誰』を示す符号であるかに気づいた。あり得ない、あり得るはずがない、けれど夢見たシチュエーション。
「……誰だ」
 苛立ち混じりの質問に答えず見つめた。そんなはずがないと心は静止する、なのにくちびるが先走る。
「平和島静雄さん?」
 何をバカな、思う反面期待が溢れる。
 心臓が高鳴り、返事を待った。
「……なんで俺の名前、知ってんですか」
「本当に?」
「あ? あんた自分で聞いておいて何言ってんだ」
 空気が張りつめる。けれどそれを打ち破り近づく。
「信じる」
「さっきからなにごちゃごちゃ言ってんだ。だいたい夜中に人の家で、」
 怒りが噴火する直前、足を踏み出した。それが現実と空想をいっしょくたにして、混ぜてしまう行為だとしても構わない。
 上目づかいで見上げると彼はたじろいだ。逃さず最後の距離を詰め、ワイシャツに手をかける。前のめりになったタイミングに合わせて背伸びをした。
「んっ」
 くちびるが触れたのを確認して目を閉じる。
 ――苦い。
 煙草の味と生暖かい感触。けれどこれが彼なのだと思うと、心臓が高鳴り、お腹の奥がぎゅっとなる。
 くちびるを離し、告げた。
「あなたが好きです。結婚してください」
 立ちすくむ彼の頬にみるみるうちに朱が差して、次いで大きな手が口元を覆った。
「好きです、大好き」
 可愛くみえる角度を計算して微笑んだ。
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