ストロベリーマーチ

サンプル

IFもしもふたりが高校生の時出会っていたら?
静雄の家に居候するのお話。ツンツン→デレ。
このお話の時点ではラブラブです。時期に合わせてクリスマスのお話。






街中を陽気な音楽が流れる。
行き交う人の表情は明るく、楽しげな雰囲気に満ちていた。

この時期になると自分一人が世界から拒絶されている様な気がして、白く染まった息が切なくて、昔は嬉しかったベルの音すら耳障りに響いた。
でも今年は違う。クリスマスツリーを並んで見上げたい人がいた。それだけで景色が違って見える。

クリスマスイブは終業式があるので、午後から出かけようと約束していた。近場のツリーを見に行くだけでもいい。
二人一緒ならどこでも良かった。

雑誌を開いて俺のベッドに寝転び、真剣な顔で雑誌を捲る姿を横目で見る。そして忙しなく動き続けるふくらはぎに触ったら、思い切り蹴られた。
お尻に触った? 違う、偶然手が当たっただけだ。
なのにまた蹴られた。さらにもみ合っていたら、彼女の足の裏が股間に滑り、そこで止まる。

「やだっ、バカ! 変なところ触らせないでよ」
「変なところってなんだよ、それにお前が勝手に触ったんだろうが」
「静くんが触らせたんでしょ!? ってなんか……?」
「こ、擦るな」
「変態!」

俺は悪くないのに怒られた。
悔しかったので彼女が部屋に戻った後、シーツの移り香を嗅ぎながら自慰をしたら、何故かバレて真っ赤な顔でまた怒られる。

本人になんかしたわけじゃねえのに。

しかし雑誌に女はそういうものだと書いてあった。
ロマンチックなのが好きな生き物らしい。唸りながら読み、なけなしの小遣いを握りしめた。
ロマンチックといえばクリスマス。クリスマスといえば、プレゼントだ! ファンシーショップやアクセサリー屋をはしごしながら考える。どうせなら恋人っぽいものがいい。勇気を出して女の店員に相談して、プレゼントを決めた。
そして当日を迎える。

「えー? 二人とも出かけるの」

ケーキもチキンも予約しちゃったのにと、お袋が残念そうに肩を落とした。

「ごめんなさい、友達から誘われて……でも帰ってきたらいただきます」
「……あー俺も」
「そう? クリスマスパーティーだからってあまり遅くならないようにね。静雄は帰りにちゃんを迎えに行ってね。ちゃんもちゃんと待ってるのよ」
「はい」

は女友達の家に、俺は新羅の家に呼ばれたことにした。この際だし、付き合っていることをばらしてもいいような気もする。
やっぱり恥ずかしい。
お袋のことだから驚いた後、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。それはぞっとしなかった。
そんなわけで、終業式から帰ってきた後着替えて、時間差をつけて家を出た。待ち合わせ場所は鬼子母神前。
には池袋駅前でもいいのに。と言われたけど、人の多い場所であいつを一人にしたくなかった。

ポケットを軽く叩いてプレゼントが入っていることを確認する。手の平大の感触を認めて気合いを入れた。街中に流れるクリスマスソングやすれ違うカップルがそれに拍車をかける。神社が見えた瞬間、緊張がピークに達し彼女を見ただけで泣きそうになった。
真っ白いコートにふわふわのマフラー。いつ着替えたのか、短いスカートからすらりと出た太ももに目眩がした。

……可愛い。

胸が高鳴りすぎて死にそうになった。

「よう」

軽く手を上げると頬を薔薇色に染め上げて、満面の笑みを浮かべた。次いで小走りに駆けてくる姿に、愛しくてどうしようもなくなる。
彼女は俺の一歩手前で立ち止まり、小首を傾げた。

「服、どうかな?」
「どうってなんだよ」
「静くんはこういうの嫌い?」
「嫌いじゃねえよ」
「……そっか」

表情に憂いが帯びる。
慌てて手を降ったけど収まりがつかなかった。せめて手を握りたかったけど、潰してしまいそうでできない。
俺はなんてダメなやつなんだ……自己嫌悪に浸りかけた。すると左手を引かれる。
そこには天使がいた。

「……つかまってもいい?」

恥じらいので、服の裾を掴まれる。

「……ああ」

右手と右足が一緒に出た。顔を見合わせて吹き出す。そうしてじゃれているうちに池袋に着いた。
水族館で大きな魚に見入り、よちよち歩くペンギンにニヤニヤする。急に袖を引っ張られたので、「構って欲しいのか?」と冗談で言ったら、頬を赤く染めて頷かれた。

今死んでも後悔はない。

頭を撫でたら、猫の様に目を細めてすりすりしてきた。
──俺は死んだ。
余韻を残したまま喫茶店に入り、ケーキを頬張るのを見つめた。チョコレートケーキを口に運び、幸せそうに微笑む。目が離せなくて見とれていると、

「いる?」

一口分をフォークに乗せて、俺の口元に差し出す。

「ん、ああ」
「じゃあ、あーん」

チョコレートと生クリームの甘味が広がった。味わって、自分のケーキを眺めた。最後に食べようと思ってとっておいた、大きないちご。
えい、とフォークを突き刺しての口元に運んだ。

「ほら、あーんしろ」
「いいの?」
「いいから」

柔らかそうなくちびるを開き、赤いいちごをぱくりと食べた。口の端についた生クリームをなめる舌先。愛らしいとも妖艶とも言える仕草に見入る。

「どうしたの?」
「なんでもねえよ、あ……それよりもさ」
「うん」
「あのさ」

口ごもりながら、懐からプレゼントを取り出す。膝の上で弄び、躊躇してから差し出した。

「あークリスマスプレゼント……気に入るかわかんねえけど」
「え……嬉しい」

こぼれ落ちそうな笑みに、鼓動が激しくなる。
喜んでくれるだろうか?
気に入らなかったら……。けれど不安は、彼女の歓声で拭われた。

「わあ」

ハート型のネックレス。
それを持ち上げたり、目の前に近づけたり、微笑んだり、泣きそうな顔になったり。百面相をした。

「静くん、ありがとう」

涙ぐんだ声に慌てる。
そして口元がにやけた。頑張って選んで良かった。
しばらく二人でなんてことはない会話をしてから店を出る。薄暗い公園を並んで歩いて。そろそろ家に帰った方がいいけれど、帰りたくなかった。

「暗いから、離れるなよ」
「うん」

近づくと石けんの匂いがした。寒風に負けない温もりを感じる。
不意に指先が触れた。
緊張に強ばりそうになるのをほぐして、手を伸ばす。あと少しで掴める。でも、

「静くん」
「へあ!?」
「どうしたの?」

繋ごうとした手は空気を掴んだ。

「なんでもねえよ。んだよ?」

少し怒った風に答えてしまった。けれど彼女は立ち止まると、モジモジしながら鞄から包みを取り出す。

「あのね、私からもプレゼントあるの」
「……え」

予期せぬ言葉に、声がうわずった。次いでふわりと首回りを包み込んだ温もりに、心まで温まる。

「マフラー、間に合って良かった」
「手編みか!?」
「……うん、迷惑だったかな?」

眉が下がって、悲しそうな顔をする。慌てて否定して、マフラーを握りしめた。

「大事に使うからな」
「うん!」

つま先立ちで、マフラーを巻いてくれる。指先が首筋に触れて、冷え切っていることに驚いた。慌てて両手で包み込むと、

「し、静くん」
「あ、い、嫌だよな。ごめん」

離そうとしたら、逆に掴まれた。

「違うの、嫌なんかじゃない! そうじゃなくて、嬉しくて」
「そ、そっか」

訪れる沈黙に耐えきれなくなって、勇気を振り絞った。

「手、繋いでもいいか?」
「うん!」

深呼吸をしてから改めて小さな手に触れた。壊さないように大事に包み込んで、軽く握る。
痛くないだろうか? 表情を伺うと、ふんわり微笑んでいた。

「えへへ」
「んだよ」
「なんでもない」

ほっこりする微笑みに、俺まで幸せになった。
頬が紅潮する。
寒さなんて少しも気にならなくなった。
永遠に二人で歩き続けたい。
そんな気持ちが通じたのだろうか?
ゆっくりと帰路を辿っていると、純白の雪が視界を過ぎった。

「わあ」

目を見交わして、はしゃぐ。二人で手を繋いだまま、空を仰いだ。

「ホワイトクリスマスって本当にあるのね」
「だな」

マフラーが暖かくて、繋いだ手は心まで蕩かすように幸せで、どうにかなってしまうんじゃないか。本気でそんなことを考えた。