ふたつの世界、ふたりの世界
分たれた先にあるもの
仕事を終え、アパートに向けて早足で歩き出す。帰路立ち寄ったスーパーで夕飯のメニューを考えた。
そして、
「ただいま! 静くん今日はすき焼きだよ」
弾んだ声で扉を開いた。
浮かぶ笑みを堪えずリビングのソファーを覗き込む。
一人の時、金色の髪はぼんやりと天井を眺めていることが多かった。小川のせせらぎが好きで日向ぼっこが趣味の平和島静雄。
私の静くん。
でも今日に限って誰もいなかった。見回し室内の異変に気づく。彼が壊してしまったので、二人で選んで買って来た灰皿。プレゼントされたマグカップ。昨日照れながら買って来た一輪の花。それが全てなかった。
慌てて洗面台を覗き込むと歯ブラシは一本しかなくて私の洗顔料だけカラン、と置いてあった。
心臓が不規則に鼓動する。
息が苦しい。
慌てて探したけれど、彼の部屋は扉ごと消えていた。
「……静くん?」
いつの間にか地面に落ちていた買い物袋につまずく。袋から薄切りの牛肉が覗いていた。一人じゃこんなに食べれないのに。
「どこ……?」
静くんは、どこにいるの。
痕跡毎全て消えて。
まるで最初から全部夢だったみたいに。
「夢、だった……? 静くんは、平和島静雄は初めから……」
いなかった?
呟いた瞬間目の前がまっ白になった。
視界がすごく狭い。
気づいたら壁に側頭部を殴打していた。
「……痛い……静くん……痛い……痛いよ……静くん、撫でて。静くん……」
膝に力が入らなくて崩れ落ちる。
気づいて床を這って自分の部屋に向かった。書棚の二段目、表立っては見えない場所に隠してあった。二人で暮らしはじめた当初はあったのに、あの夜以来どんなに探しても出て来ない。
小説。
───きっと見つからない。
見つからないで欲しい。
なのに、
「……あった」
デュラララ、単行本を手に取る。
私のいない物語。
彼らの世界。
イラストになってしまった彼を見た瞬間涙が溢れた。
「……ヤダ。ヤダ……嫌だぁ!!」
抱きしめて床に額を擦り付けた。
思考が虚ろになる。
以前、私は一人だった。
だから寂しくない。
他人は生きる手段に過ぎなくて。出会っていつか別れるものだった。
しかし奇跡が起きて。
静くんが好きで大好きで誰より愛してる。万が一にも他の女に心が移ったら、どんな手を使ってでも取り戻そうと思っていた。……殺してしまうかもしれない自分を恐れて、少し嬉しかった。
でも世界が離れたら?
───今更一人で生きられないのに。
二度と会えないならいっそ……。
声が聞こえて、
「……っ!」
目を覚ました。
ぼやけた視界に映るのは金色と濡れた瞳。
「静……くん。静雄?」
「生きてるよな!? 生きて……良かった」
「泣いてるの?」
彼の涙を指で拭った。
それを舐めるとしょっぱい味がする。紛れもない涙の味。
信じられなくて今度はくちびるで目尻を拭った。
静くん、本当に静くん?
確かめたくて舐めて、掬いとっても溢れ続けた。
「帰って来たらが倒れてて、俺死んだかと思って……、……嫌だ、がいないのなんて俺は嫌だ。…………離れないで」
捨てられた犬みたい。
頭を撫でると、胸元に顔を埋めて泣いた。
その熱と涙の味と彼の全てで、悪い夢を見ていた事を知った。
「……良かった」
ぎゅってして。
私もボロボロと泣いてしまった。