悠久世界

  1. 設定
  2. one and only
  3. two faces
  4. three cheers
  5. four flush
  6. five W's
  7. six pence
  8. seven deadly sins
  9. eight ball end

2011.05.21-10.2
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設定

ふたりの世界×ヴァンパイア騎士です。
原作の数百年前が舞台のため、原作キャラは基本的に出ません。また多少ですが血の表現がありますので苦手な方は回避推奨です。なお確認できる限りはしましたが、想像で補っている部分が多々あるので、原作と設定の差異がある可能性があります。

あらすじ:人間と吸血鬼の戦争の最中。最強にして最悪と呼ばれたハンターと一人の吸血鬼が出会う。
ヒロイン:ハンター武器は大口径リボルバー【ブラッティ・メアリー】人間至上主義思想の持ち主。
静雄:吸血鬼(一般階級)
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one and only

両手のひらが真っ赤に染まっていた。
赤黒いそれはぬるぬるとした光沢を持ち、指の間からこぼれ落ちる。
レベルE───終わってしまった人のなれの果てを眺めながら回想した。

生まれたとき世界は戦いの渦中にあった。
人と吸血鬼の終わらぬ争いは拡大し、切迫し、醜く歪む。
吸血鬼は人より長命で強大な力を持っていた。しかし圧倒的な数の違い。そして強大な力を持つ者達、純血種は遙か昔同士争いで7つの血族を残して滅んでいた。故に戦争は人間側の有利に進行する。
彼らは愚かだ。なぜならこの世界は人のものであり、吸血鬼は文明社会の過渡期に発生した有害物質の塊でしかないのだから。
だが近年やつらはこざかしい知恵をつけた。
それが吸血鬼に咬まれた人のなれの果て、レベルEの大量生産。別名LEVEL ENDは人間離れした高い身体能力を持ち、老化も遅く長命。自分の血を吸った主相手には逆らうことが出来ない。純血種たちは数の不利を補うため、誇りを捨て僕を増やした。
そして人と吸血鬼の戦いは激化する。 Back

two faces

私は吸血鬼ハンターの三名家に数えられる家に長女として生まれた。
父母に愛情はなく、ハンターとして優秀であることのみ求められた。そんな二人も、三歳の時父が、十五の時母が殺される。
そして私は一人になった。
それでも……吸血鬼を狩る。
両親にかけられた呪いの命じるまま戦い続けた。何度となく死にかけ、生き残れたのは運が良かったからだろう。
転機が訪れたのは十八の夏。
純血種のヴァンパイアと出会った。
戦線は断ち切られ、孤立無援。共に戦っていたハンター達の息はすでになく、血まみれで息絶える者、全身を凍てつかせ生命活動を止めた者、差異はあれど死んでいるという事実までは違えなかった。救援は来ない、見捨てられたのだ。
ハンター協会に命じられるまま戦い続けて、ここで死ぬのか。
覚悟を決めて武器を構えた。

「女……名は?」

純血種は疲れた瞳で問う。
おそらく常時は美麗で荘厳な響きをもつであろう声も今は張りがなく、地に引き込まれそうな響きを持っていた。
取り巻きの吸血鬼はなんとか殺した。しかし残った相手は純血種。私は弱くない、けれど一人で戦って勝ち目がある相手ではなかった。
肺の底から息を吐き出し、口を開く。



すると純血種の表情が変化する。銀色の瞳が大きく開き、薄い唇が震えた。

「…………」

呟いた声はくぐもっていた。
囁いて、戸惑い、また開き。

「私を殺してくれ」

今度こそ時間が止まった。
私は大口径リボルバーを引き絞る。

「唸れブラッディ・メアリー!!」

弾丸は彼の身体を易々と通過した。
そして鮮血が舞う。
何故とは聞かなかった。聞けば迷いが生ずるかもしれない。それは絶対に許されないことだった。ハンターは吸血鬼に心を開いてはいけない。
三度同じ事を繰り返し、滅びつつある男を見下ろした。
瞳の光がゆっくりと消えていく。

「……、何故私は吸血鬼だったのだろう……君は……人間で……だけど私は……」

わけのわからない言葉を呟きながら、銀髪が赤く染まるのを見守る。
抵抗する力がなくなったことを確認して、

「運命だから」

ささやいて、純血種の血を啜った。
こうして最強にして最悪と呼ばれるハンターが誕生する。
彼に過去、『』という名の人間の恋人がいたことを知ったのはそれから百年ほど後のことだ。
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three cheers

戦いは続く。
純血種の血を得て私は変わった。身体能力が異常なまでに向上し、放つ銃弾は冷気を纏い吸血鬼達を凍らせる。
そして外見年齢が変化しなくなった。

ハンターの家系には時折『吸血鬼の因子が高い者』が生まれる。そうした人間は年を取りにくかったり特別な力を持っていることがあった。
私は純血種の血液を直接啜ったことにより、元よりあったハンターの血と合わさりそういう存在になった。後悔はない。
なぜなら私の生存理由はただ一つ。
───吸血鬼を狩る。
呪いは尽きず、戦いは終わらない。

「君にはこれから戦いの最前線に出てもらう」
「はい」

ハンター協会長に一礼し、部屋を出た。
途端に包む人々のざわめき、不快なささやき。
通り抜けて外へ出た。
曇天は晴れることを知らず薄い闇が身体を包む。
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four flush

怪力のヴァンパイア。
噂を耳にしたのは『仲間』達の会話からだった。

───貴族階級ではない。
───異様な怪力。
───殺人人形。

吸血鬼どもは貴族階級以上になると人の記憶の操作や消去が可能で、炎や雷を放つなど特殊な力を持っている。だがそれ以下の階級出身でそんな力を持つ者などいるはずがなかった。
まして戦局をひっくり返すほどの怪力だなんて。
単なる噂だと思っていた。
しかし対面すればその脅威を認めないわけにはいかない。
頬を浅く削って、コンクリートの塊が通過する。
こちらは五人、あちらは一人。
私のみ前面に出る陣形で、

「うぜえ。なんでお前達はいちいちいちいち俺に突っかかってくるんだ。死にたいのか?そうか?そうなんだな。そうなんだよなあ!!」

男の絶叫が聞こえた。
舞い上がる土煙。
晴れて、目に付いたのは金色の髪と切れ長の瞳だった。細身だけれど吸血鬼特有の病的さがない肉体。着崩した軍服。
茶褐色の瞳と視線がぶつかった。
瞳孔が細く凶悪に、

「んだよ。てめえが相手になんのか!?」

金属製の棍棒を振り上げ構えを取った。
目を離せない。
理由がわからぬまま、身体が自然と動くのに任せた。
飛び退きリボルバーを引き絞って。
そして、

「なっ!?」

異様なスピードで接近する影に驚愕した。
油断していたわけではない。
相手は吸血鬼。
これまで様々な特殊能力を持つ敵を倒してきた。
だがこれは、

「ちっ」

ヴァンパイアは舌打ちすると私の真横をすり抜け、後続の味方へ武器を振り上げる。

「うわぁ!」
「なんだこいつ!?」
「ぐあっ」

決して弱くないはずの彼らは、振り向いたときには既に地に伏して。
鳥肌が立つ。
全身を虫が這い回るような。
───視線を合わせてはいけない。誰かが囁く。
でも茶褐色がゆっくりと私を見た。 Back

five W's

私と彼の奇縁は続いた。
戦場で巡り会う。
死戦、決戦、血みどろの。
考えれば当然だったのかもしれない。共に常に最前線で戦う身。
だけど会って、会って、会って、会って、会って、会って、会って、逢って。
彼は私を殺さず、私も彼を殺せなかった。
それは仲間からの不審を呼ぶ。
同胞は死に、吸血鬼は倒れ、手のひらは血に染まり。
そしてあの出会いから十年、戦争は唐突に終わった。
終わってしまった。
あっさりとした終焉に、呆然とたたずむ。
かくして私は牢獄の中。
錆びた銀色の格子が月光を反射して輝いていた。
無実の罪を着せられた。
理由は簡単。
戦争中はハンター名家の血を引き、純血種の血液まで得た化け物が必要だった。
終わったから、捨てられたのだ。
鉄格子を眺めながら、体育座りをする。
小さな窓から満月が見えた。次いで数匹の蝙蝠。
───死ぬのか。
何の感慨も沸かなかった。
父母に吸血鬼を殺す兵器として造られ、協会の手足となり吸血鬼を殺し続け、最後は飼い主に殺されるのか。
死ぬのは怖くなかったけれど、協会に殺されるのは嫌だった。
隠し持っていたナイフを胸元から取り出す。白銀の輝きを眺めて、「……死ねるかなぁ」呟いた。のど元に当て、最後に考える。
───彼はこの戦争を生き残れたかな。
憎き吸血鬼。
その一人。
怪力のヴァンパイア。
私の敵。
茶褐色の瞳が悲しそうに細められる様を想像して、小さく微笑んだ。

「私の人生ってなんだったのかしら」

勢いをつけて喉に突き立てる。
その瞬間、

「っざけんじゃねえ!!」

牢屋が吹き飛ぶ音がした。
驚きに固まる。
ナイフはあと数センチの位置で止まっていた。
顔を上げる。
砂埃。
舞い上がり。
収まると男が姿を現した。

「てめえ!!」

金色の髪が燃えてるみたいに見えた。
彼は易々と鉄格子を曲げると、遠慮なく牢屋に踏み込む。ついで私の手からナイフを奪った。

「ハンターもお前もふざけてんじゃねよ」

何に怒っているのか。
わからず場違いにも首を傾げた。
すると僅かに男の顔色が変わる。
突然静かな声音に変わり、

「……行くぞ」
「どこへ?」
「お前を殺そうとするやつがいない場所ならどこでもいい」
「……どうして?」

確かに殺されるのは嫌だった。だけど死ぬのは怖くない。
何故ならそれは常に隣にあったから。
でも瞳が射貫いた。

「っるせえ!いいから付いて来い!!」

勢いよく私の手をつかみかけ、直前で止まる。
そして咳払いをした後壊れ物を扱うように優しく握りしめた。 Back

six pence


骨張って硬い手の甲は、あれだけ大暴れしていたことが信じられないほど傷が少なかった。
手のひらから熱が伝わる。ヴァンパイアに体温があることに初めて気づいた。
彼らの温度を感じるのは迸る血と飛び散る脳漿を浴びたときくらいで、生き物と認識したことすらなかったのかもしれない。
それを知った。
さらに温度は身体に染み渡り少しずつ私をおかしくする。
───憎悪が消える。呪いがとけてしまう。
広がる暗い海に目を細めながら、走った背筋の寒さに震えた。
そして手を引かれ様々な場所を歩く。
高原に広がる星空、命輝く森林。
今までは通り過ぎるだけで何も見ていなかった、呟いて膝を抱えた。
彼は無言で私の手を引く。
歩いて、歩いて、歩いて。
落ち着いたのは、山奥の廃墟だった。

「……掃除すればなんとかなるだろ」
「住む場所はね、でもいいの?」

わからない。
彼は吸血鬼。
憎き存在。
私を憎むはずの存在。現に私は彼の同胞を大量に殺戮した。
なのに、

「どうして私を助けてくれたの?それに協会の追求は甘くない。今まで捕まらなかったのは戦後の混乱に紛れたからでいずれ追求の手が厳しくなる。この場所がバレれば討伐隊に囲まれることになるわ」
「だからどうした?」

鋭くにらみ据えるのを見返した。長身の彼と視線を合わそうとすれば自然、上目づかいになる。
茶色の瞳に私が映った。
向こうに私が見える。
それがどうしてか知らない女に見えた。
しかし自問自答は彼が舌打ちをして目を逸らしたことにより終わった。
次いで明確な答えを出さぬまま手を取って、廃墟に足を踏み入れる。
妙にむずがゆい気分がしてうつむいた。
どうしてこんなに落ち着かない気持ちになるのだろう。
扉が錆びた音を立てて開いた。闇の中埃がもうもうと舞うのが見て取れる。

「……あなたも吸い込まないようにした方がいいよ」
「あー俺は」
「ヴァンパイアだって吸い込んで健康に良い物ではないと思うわ」

言って布きれを差し出す。
ぶっきらぼうに受け取るのを眺め、視線を建物に戻した。
古びた人物の描かれた絵画。
今にも落ちてきそうなシャンデリア。
広いホールには信じられないほど埃が積もったテーブルがあった。
眉をひそめて進むと、床から今にも底が抜けそうな音がする。

「住めると思う?」
「直せばいいだろう」

あっけらかんと告げたくちびるを見つめた。
ため息をつく。

「あなたって脳天気なのね」
「うるせえ!」

強く腕を引かれて比較的無事そうな一室に入る。
さび付いた窓を開くと、月光に照らされて、埃がもうもうと舞い上がった。
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seven deadly sins

一筋の月光が黒い森に差し込んだ。
耳鳴りがしそうなほど静かな時。
遠くで梟が鳴く声がした。
二人で張り直したソファーにしどけなく腰掛け、彼の横顔を見つめる。
透き通るように白い頬に髪が一筋さらりと流れ落ちた。凝視する。薄いくちびるは真一文字に引かれ、瞳は天井を見つめていた。
戦時中には考えることもできなかった、ゆっくり過ぎる時間。
それがここにあった。
彼が振り向く。

「……何か用か」

返答に詰まり、数秒考えた。

「どうして私の血を吸わないの?」

すると小さく舌打ちするのが聞こえた。
目をそらして天井を見つめる。
私も明後日の方向を眺めた。
強い風が吹いて、森が歌う。

「理由なんてねえよ」

ざわざわと囁いて。

「……そう」

では誰かの血を吸っているのだろうか。途端に胸の奥がもぞもぞした。
紛らわすために寝返りを打って、銀色の彫像を眺める。
風が梢を鳴らす音に耳を澄ませた。
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eight ball

四方を囲まれている。
闇に目をこらし、小さく息を吐きだした。

「戦うしかないみたい」
「……ああ」

合わせた背中からぬくもりが伝わる。
共に過ごした三年間が脳裏を駆け抜けた。
───平和島静雄。
一般階級のヴァンパイア。
彼は貴族階級の特殊能力と比べても遜色ない、怪力と回復力を持っていた。
だけどぼんやりするのが好きで、放っておくといつまでも天井を眺めている人。
戦場の印象と正反対だった。
彼は何故私と過ごすことを決め、どうして今も寂しそうなのか。まだ聞いていない、だから終わりたくない。
夜の森がざぁっと音を立てる。襲撃者の気配が近づいた。

「来た」

呟いて剣を引き抜いた。
次いで一帯を冷気が包み込む。
ブラッティーメアリーは協会の牢屋に入れられた時取り上げられ、以来どうなったのかわからない。

「命が惜しくない者からかかってきなさい」

襲撃者達に切っ先を向けると、一つの影がわき出した。
眉をひそめる。

「あなたは変わらない」

長髪の剣士が視界に映る。
正体に気づき、息を飲んだ。

「黒主灰閻!?」

冷酷な吸血鬼ハンター。
協会も彼を出してくるとは性格が悪い。数回同じ戦場に立ったことがあった。彼は強い、そして深く吸血鬼を憎んでいる。

「知り合いか?」
「ええ、彼は強い。だから」

私が戦う、言いかけたのをとどめて背後のぬくもりが灰閻に向けて駆け出した。
瞬間心臓が握りつぶされた様に痛む。
ダメだ、今目の前の敵から意識を逸らしてはいけない。
弱気になりかけた気持ちを無理矢理切り替えた。
敵を倒すべく構えを取る。
かくして一時間ほどの戦闘の末、私は膝をついた。荒く息をつき、額から流れた血を乱暴に拭った。
普通なら即死してもおかしくないほどの出血。
周囲にはハンター達の屍が倒れ伏し、数人の生き残りが武器を向けていた。
死ぬのか。
純血種の血を持ってしてもこれ以上は耐えきれない。
死ぬのか?
運命は変わらなかった。
背後に控えていた少女が叫ぶ。

「死ね、魔女!!」

牢屋で死ぬはずだった。
彼が助けたことに意味はなかったのか?
───死にたくない。もっと彼と一緒に生きていたい。
生まれて初めて呪いに抵抗した。
だけど少女は銃口を向ける。
見覚えのある大口径リボルバーが鈍く光った。あれは、

「私のブラッティーメアリー」
「いいえ、これはもう私のものよ!!」

惚けて見つめた。
なんて皮肉。
避けようと足掻いた。しかし身体が動かない。
風の唸る音と共に銃弾が迫った。
ゆっくり近づく。風が髪の毛を舞い上げた。
スローモーション。
頭蓋骨を打ち抜く。脳漿が飛び散る。
直前。
金色の影が私を覆った。
彼の肩口が弾ける。
血しぶきが髪を濡らした。

「しず……っ!?」

時間が元に戻る。
耳元で痛みを堪える声がした。
そして崩れ落ちる。
抱き留めようと手を伸ばして、失敗した。
手のひらが真っ赤に染まった。
目の前が真っ白になる。
一塊の風が頬を撫でて、濃厚な血の臭いに総毛立った。
次いで不快な声が、

「ハンターのくせに吸血鬼と通じるからそうなるのよ、ざまあみろ魔女め!!」

アハハハハハハ!!
口が裂けて、少女は高らかに笑う。
彼女は戦いの最後に現れた。そうでなければ自分の武器に気づかないわけがない。
離れた場所からこちらを見る灰閻と目が合った。彼もまたボロボロで。
瞳から憎悪が消え、迷いで揺れていた。次いで姿が消える。
頭の奥でぷつりと、切れた。
無意識に叫ぶ。

「ブラッティーメアリー、主を認識せよ!」

言葉と共に少女が手のひらが凍り付く、痛みにのたうち回るそれを踏み抜いた。



□□□



「お願い目を開けて……」

虐殺が終わった。
正気に戻った私は彼を背負って歩いた。
生きている。死んでいない。でも時間がない。
小さな洞窟に踏入、身体を横たえた。
死んでいない、死なせない。
その為には意識を取り戻してもらう必要があった。
必死で呼びかけると数回の痙攣の後、薄く目を開く。声が震えた。

「私のことわかる?」
「お前……ああ……無事だったんだな」

弱々しく微笑んだ。
泣きそうになるのを堪えて訴える。

「私の血を吸って」

私の身体には始祖の血が流れている。
あるいはそれで助かるかもしれないと思った。
でも瞳は緩く拒絶する。

「……吸わねえ」
「どうして?お願いだから」
「だって……嫌だろ?俺はお前さえ無事ならいい」

血だらけの顔で、瞳だけは柔らかく。
頬が血と涙で濡れた。

「私は良くない!あなたが一緒に生きてくれなきゃ死ぬ……好き、だから死なないで」

彼は答えない。
聞こえなかったのだろうか。
もう一度口を開いた。

「あなたが好きなの。だからお願い一緒に生きて」

すると二回、瞬いた。

「……嘘だろ?」
「本当、だから早くっ」

首筋を彼の口元に押しつける。
牙を立てやすいように服を破り、差し出した。
吐息が耳元で囁いた。

「俺の片思いだと思ってた」
「……え?」

思わず問い返した瞬間、強烈な快感が全身を貫く。
牙が皮膚を貫く感触。
じゅるりと音を立てて私の血液が彼の口内へと達して、

「……っんあっ」

背筋に迫る妙な感覚を堪え、彼に縋り付く。それ以上声を出さないように奥歯をかみ合わせた。
吸い終わると牙はゆっくり引き抜かれ、傷口を手のひらが塞ぐ。
次いで顔をあげ、今度は頬の血液を舐めた。

「何っ!?」
「もったいねえだろ。それにこれ以上吸ったらお前が死んじまう」

ひとしきり舐め終わると、抱きしめられた。
力強い抱擁に安心する。

「……良かった。効果あったみたいね」
「ああ」
「……あの?」
「んだよ」
「近くない?」

顔が。
言うと、きょとんとした表情を浮かべた後、楽しげに笑った。

は俺のことが好きなんだろ?」
「……なっ」

慌てる。
だけど無駄な抵抗だった。
くちびるが迫る。

「ずっと好きだった」

戸惑って、恥ずかしくて。最後に瞳を閉じた。
血の味がするキス。
そして私は永遠を誓う。



end
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