いただきもの

シグナル・レッド

きゃあきゃあと先程までよりも半オクターブほど高い気がする声に、頬が緩む。
相手の男性は自分の恋人と瓜二つだというのに、嫉妬の気持ちなどは微塵もない。
寧ろ、お似合いだなあ、みたいに思ってしまっている自分に気付いて。


「静くん、どうしてるかな」


そろそろ此処に来て半日が経つ。
うちのレトリバーがショック死していないかが、少しだけ本当に気になった。



〜シグナル・レッド 後編〜



「何だ、客来てんのか?」


玄関に揃えて並んでいたもう一足の靴を見て、少しだけ目を見開いた静雄が問うた。
決して悪趣味だとかいう訳ではないが、龍姫の普段のファッションセンスを鑑みると少し趣味から外れているような気がしたからだ。
龍姫は「はいっ」とにっこり微笑んだが、そうすると自分は客の応対の邪魔をしてしまったということであり。
慌てて「もう帰った方が良いか」と言えば、しかし目の前の白髪の少女はきょとんとして「何でですか?」と逆に問い返してくる。


「いや、何でってお前、客がいるんだろ」
「それはそうですけどー……んー」


どうしよっかなあ、と独り言がぼやかれるが、生憎邪魔をした側である静雄には口の挟みようがない事である。
押しかけてきた自覚はあるので帰れと言われても文句は無いが、しかめっ面で真剣に悩んでいる様を見るのは何だか楽しい。
思わずくしゃりと柔らかな白髪を撫でてやれば、ふにゃり、と同じく柔らかな笑顔が浮かぶ。


「んな悩まなくて良いっつの。邪魔して悪かったな」
「え、でも……」
「また明日来るから」
「!」


ほんの数秒だけ、細い肩を引き寄せて軽く抱き締める。
ぱちくりとオブシディアンを見開く少女にうっすら笑って、静雄は玄関の取ってに手をかけた。


「んじゃ、お休み」
「……あ、はい、お休みなさいっ」


お返しとばかりに再びぎゅっと抱きつかれるのを受け止める。
玄関先でいちゃつくなど何処のバカップルかという懸念がよぎったが、すぐにどうでも良いこととして互いの脳内を過ぎ去って忘れられていった。





      ♂♀





ぱたぱたとスリッパを鳴らしてリヴィングに戻ると、既に二杯目のコーヒーに突入していたが「お帰り」とにっこり笑って片手を振り出迎えてくれた。
「待たせてスミマセン」と会釈する龍姫に「気にしないで」と返した彼女は、年上らしく「良かったの?」と柔らかく少女に問うた。


「? 何がですか?」
「こっちの静くん。私は会っても全然問題無かったんだけど」
「私もそうかなって思ったんですけど……静雄さん妙に鋭いところあるから」
「あー、それは……ね」


決して深く考えている訳ではないのが分かっている分質が悪い、というか。
野性的勘なのか何なのか、たまに静雄は物凄く核心に触れることをズバリと口にする。
そう言うとき上手い具合に誤魔化せる場合もあるが、そうでない場合もあり。
そもそも誤魔化すという行為を働くのは気が引ける龍姫にとっては、確かに此処で彼とを会わせない方が都合が良かったのだろう。


「で、どうでした?」


何が、というのは問わずとも分かった。
白い髪と相反する龍姫の黒い双眸が悪戯っぽく瞬き、を上目遣いに見つめる。
龍姫は「うーんとね」と少し考えた後、同じように悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「やっぱり私の静くんの方がカッコ良いかな」
「うっわ正直ですね。でも敢えて言います、贔屓ですそれは」
「うん、自覚してる。でもだいぶ印象が違ったけど」
「そりゃ私相手ですからね。こっちの静雄さんツンデレ上等ですよ」
「あ、それも可愛いかも」
「……さんにとって静雄さんってとことんワンコなんですね」
「うん。可愛いでしょ?」
「想像が出来ないです、ぶっちゃけ」
「そんなに簡単に想像されると私も困るかな」


何となく酷い言い様だが、お互いに悪気は無いのだろう。
くすくすと無邪気なまでに笑い合う彼女達には、確かに一片の悪意も無いのだから。
しかし、噂をされている当人がこの会話を聞けば、流石に顔を引きつらせるのだろう。
龍姫の家から十数メートル離れたところで、平和島 静雄が風邪とは違うくしゃみを一つしたのは、本人しか知らない事実である。


       ♂♀


客人だから、という理由でベッドを譲られたは、どうやら自分でも気付かないうちにだいぶ疲れていたらしく、深夜零時を回る頃にはすっかり眠ってしまった。
……はずだったのだが、何故か彼女は今、何処にでもあるような街道に一人立っている。
そこはリアルだったが……しかし二度目だからこそハッキリ分かる、紛う事無き夢の中である。
のすぐ横と道路を挟んだ向かい側には、一対の信号機。
ありふれた横断歩道が、こちら側と向こう側を繋いでいる。

車も通らないその街道で、信号だけが動き――赤の【止まれ】から、青の【進んでも良い】にシグナルが切り替わった。


――こっちに行けば良いのかな。









ここに来るときも、確か横断歩道を渡ったのだ……夢の中で。
はそう当たりを付けると、割と躊躇わずに車道に向けて一歩足を踏み出した。
車が来る気配すらも無いそこを、淡々と淡々と渡る。
丁度渡り終えたところで、青い信号の光がかちかちと点滅し始めた。

刹那、


さんっ』


それは今日一日で慣れるほど聞いた少女の、しかし平生のそれよりも妙にエコーがかかった声だった。
くるりと振り返ると、声の持ち主である少女は、自分が先程渡った側の歩道に一人、ぽつんと立っていて。
真っ白な髪が風もないのに揺れていたが、少女は気にした様子も無く、ぶんぶんと元気よくこちらに手を振った。


『また来て下さいね!』


無邪気なその動作に、笑みがこぼれる。
はにっこり笑い返して、ひらひらと方手を挙げた。


『またね、龍姫ちゃん』


願わくば、これが最後の別離に成らぬ事を。


…………。

……………………。





ゆさゆさと、優しい力で肩を揺すぶられたのが分かった。
浮上する意識の中で、自分が机に突っ伏して眠っていることに気付く。
重たい瞼を押し上げて視界を広げれば、そこには随分と昔に離れてしまったような気さえする、恋人の姿が映る。
しかし【こちら側】で大した時間が経ってないと分かったのは、偏に落ち着いた様子を崩さない我が家のワンコのお陰である。


「静、くん……おかえり」
「ただいま。珍しいな、転た寝なんて」
「うん、ちょっと……」
「疲れてんのか?」
「ううん、だいじょうぶ」


少し気怠かったが、そんなことには構っていられない。
はゆっくり身体を起こして、ぎゅうっと静雄の首に両手を回して引き寄せた。


?」


少し驚いたのか身体を硬くする【こちら側】の静雄に構わず、肩口に顔を埋める。
ややあって抱き締め返してくれたのを感じながら、は「静くん」と普段よりも更に柔らかく彼の吊前を呼ぶ。


「ただいま」
「え? ……ああ、うん、お帰り……?」


明らかに戸惑った様子の声だったが、問うてくる様子は無い。
はそのことにうっすら笑みを零して、「もうちょっとだけ」と腕に力を込めた。

やっぱり自分には彼だけなのだと、改めてしみじみと思いながら。
今度は自分の所に彼女が来れば良いと、そんな都合の良いことを願って。





The End ...






「存在意義」氷雨さんよりいただきました!!
私からのヒロインコラボが見たいです、という無茶振りにこんな素敵なお話で答えてくださり本当にありがとうございました!!ちなみに氷雨さんのところのお話は復活×首のクロス設定で静ちゃん夢を書かれています!!
龍姫ちゃんかわゆいです。シグナルレッドも、冒頭の雲雀さん(ラブ)に始まり、まったりと珈琲タイム、うちのヒロインさんのノロケ、ツンデレ静雄等等、図々しくも「こんなの見たいですー」と言っていた要素+盛りだくさんでとても嬉しかったです!!
どうもありがとうございました!!

index