いただきもの

ブルームーンは願い下げ

それはたとえば、撮影がカットされた直後のちょっとしたやりとりだったり。
或いは休憩時間中の、片方が片方を慣れた様子で探しているところだったり。


「瑪瑙ちゃんは幽君とつきあってるの?」
「え? まさか!」


ほんとかよ、と咄嗟に思った。
勿論、口には出さなかったけれど。



〜ブルームーンは願い下げ 後編〜



撮影は、実に普通に滞りなく終了した。
スケジュールはさほど切羽詰まったものでも無かったし、下準備も完璧だったからだ。
元々アクション要素は多くない映画なので、体を張ってやり直すこともそう多くなく、予定よりも三十分ほど遅れたものの、まあ遅くならずにそこでは解散となった。


「む、むむむ無理ですさん幽さん……!
お願いです帰らせてくださいこんな綺麗なところに小汚い小娘が行くなんてあり得ないです皆無です地球という惑星の滅亡です……!」
「大丈夫よ瑪瑙ちゃん、取って食いやしないから」
「私の心臓の問題なんですっ!」


が、此処はやはり社会人、一仕事終わった後は飲み会が相場というもの。
関係者のほとんどが参加する方は断ったものの、このままお別れというのを惜しんだが、幽と瑪瑙を誘って内輪で祝うことにしたのだ。
幽は元々つきあいの悪くない人間だし、瑪瑙もしかり。
近くに幽おすすめのお店があるということで、三人でそこに出向くことにしたのだ、が。


「嗚呼ぁぁ……入っちゃった、入っちゃった、こんな高そうなお店に……!
どうしよう汚い格好だってつまみ出されちゃう……」


どうしたこの被害妄想。
あまりの卑屈っぷりに、さしものもこめかみをひくりと引き攣らせた。
別に彼女が苛立たしいわけでもないのだが、扱いに困る。
彼女とそれなりにつきあいの長い幽曰く「瑪瑙は貧乏性だから」とのことだが、これは流石に酷すぎやしないだろうか。


「と、兎に角瑪瑙ちゃんもお疲れ様、なんか飲もう、ビールいける? 普通のだよ」
「……頂きます」


普通の、という言葉にぴくりと反応した瑪瑙。
つまみは頼む気が無いらしい、一体何処まで貧乏性なのか。
何も食べずに酒だけ飲むなど体に悪いはずだが、そこまで頭が回っていないらしい。
は取り敢えずある程度酔わせてから何か食べさせようと、震える手でグラスを持つ瑪瑙のそれにビールを注いだ。
瑪瑙は「有り難うございます……」とすっかり萎縮したまま頭を下げ、そして十分貯めら合った後、一息にぐいっとそれを飲み干し、そして。


「……ねえ幽君」
「何、義姉さん」
「私確か、瑪瑙ちゃんのグラスには一センチくらいしか注いでないはずなんだけど」
「うん、俺も見てた」
「寝てるわよね、瑪瑙ちゃん」
「そうだね」









飲み干した途端ぐらりと仰向けに倒れたかと思えば、すうすうと幼げな寝息を立て始めた聖辺瑪瑙。
は予想外の展開にぽかんと口を開けるが、幽は平然とタコワサを摘んでいる。
どうやらこういうことは初めてではないのか……いや、正直よくわからない。


「……弱いの、お酒?」
「ノンアルコールで顔が赤くなるくらいには」
「うわあ」


悪いことしちゃったわね、とばつが悪そうな顔をするをよそに、瑪瑙がのんきな顔で寝返りを打った。
頬の赤みは肌が白いせいでよく目立つ。
はどうしたものかと幽を見るが、彼は「大丈夫だよ」と妙に自信ありげな様子で頷き、新しいビールをのグラスに注いだ。


「俺が送っていくから心配しないで、それより義姉さんもお疲れ様」
「あ、うんお疲れ様幽君。……それにしてもこんなに弱い人がリアルにいるなんて思わなかったわ、私」
「それが瑪瑙だから」


よくわからない理屈である、が、まあ幽がそういうならそうなのだろう。
取り敢えず来て早々帰るのも忍びないので、二人は追加の注文をしつつ二人はもう少し店に居残ることにした。


「幽君と瑪瑙ちゃんっていつからのつきあい?」
「デビュー当初から。四年くらいになると思うけど」
「そうなんだ。もしかして『カーミラ才蔵』のメイクとかも?」
「そう。あれからずっとお願いしてるよ」
「ふーん」
「義姉さんと兄さんは一年過ぎくらいかな」
「そうね。そういえばまだそんなもんだった気がするわ」


親しい相手との酒は進むのも早い。
幽は見た目通りざるらしくあまり酔っぱらった様子は見られないが、はだんだんと自分ができあがってくるのを、まだ冷静な脳細胞が判断していた。
が、大半の理性は既にアルコールに絆されているため、たいした意味はない。


「うふふ〜、でも意外だったなぁ、幽君の彼女さんがこんなに可愛いなんて」
「彼女じゃないよ、義姉さん。仕事の関係者ってだけ」
「ええー? でも仲良さそうじゃない、つきあってないの?」
「違うよ」
「ふぅーん」


――でも幽君としては、そういう予定なんじゃないの?

ふにゃんと微笑んで問うてみても、幽は動揺しなかった。
ただその切れ長の相貌をゆるりと細めて、そして隣で眠る瑪瑙の髪をさらりと撫でる。


「そうだよ」


あっさりと返されたのは、肯い。
は一瞬きょとんと目を見開くものの、次の瞬間には、ほんのり赤く染まった面差しでふんわりと微笑む。









「そっかぁ」


うまくいったら教えてね、お祝いするから。
そんなことを言いながら機嫌良く瓶を空けていく未来の義姉に、どんどん新しい発泡酒を注いでやりながら。
平和島幽は僅かに、本当にほんの僅かに緩んだ表情のまま、確かに一つ頷いたのだった。


      ♂♀


「ああ〜っ、静くんだぁ〜!」
「うわっ、ちょ、離れろ!」
「やーだ! 離さないーっ」


個室を仕切っていた扉が開かれるなり、ぎゅーちゅ、とでも効果音をつけたくなるようないちゃつき光景が目の前で繰り広げられる。
入ってきたのは金髪に青いサングラスのバーテンダーで、抱きついたのは先ほどより更にできあがってしまったである。
ごろごろと喉を鳴らす黒猫のようにすり寄る恋人の姿に、相変わらず初心を地でいく池袋最強は真っ赤になって慌てふためいている。
そんな二人の様子を慌てず騒がず見守っていた幽は、頃合いを見計らって「兄さん」と静雄を呼んだ。


「ごめんね、義姉さんはやっぱり兄さんじゃないとと思って」
「いや、そりゃ別に構わねぇけどよ……つーかお前どんだけ飲んだ、
「えぇー? 覚えてなーい」
「覚えてないじゃねーだろ」
「だぁってー、幽君達と呑むなんて初めてなんだもーん」
「お前なぁ……ほら立て、帰んぞ」
「やーだぁ、もっと飲むー」
「やだじゃねぇっての。ったく、抱えてやるからしがみつくな!」


奇妙なほど色気のある仕草で静雄の首筋に顔を埋めるは、もう勝手に二人の世界に入っているようだ。
そして静雄の方も、困ってはいるが明らかにまんざらではない顔をしている。
どうやら相変わらず円満らしい兄夫婦(予定)の様子に目を細めて、幽はまだ夢の中にいる『同僚』の肩を揺すった。


「瑪瑙、帰るよ」
「……んー、ぅ……」
「送っていくから。立てる?」
「うぅ……、あ……れ、幽……さん?」
「そうだよ」


飲んだ量が少ない分、瑪瑙は酔いが覚めるのも早い。
ぼんやりとしながらもゆっくり体を起こす瑪瑙の髪を整えてやりながら、幽はすっかり暗くなった池袋の町並みを見つめる。
心なしか青みがかかっているような気のする月だけが、彼ら四人を笑いもせずに見守っていた。





The End ...





私は果報者!!!
第二弾でいただいてしまいました……!!!氷雨さんのところのルリちゃん成り代わりヒロインさんと共演を書いていただきました!
うちのヒロインってこんなに可愛かったんだ!美しかったんだ!という感動でいっぱいです。この素敵さの一割でも出せれば静雄夢がおもしろくなるかもしれない(おい)
などと思いつつ。
氷雨さん、素敵なお話本当にありがとうございました!!

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