当主様に恋して



唯一無二

春に始まり、夏を過ごし、秋が過ぎ、冬が訪れる。
あっという間に過ぎた三年間。椿は卒業式当日を迎えていた。

「お疲れさま」
「ありがとう」

生徒会の引き継ぎはとっくの昔に終わっている。だが仲が良いことと変わり者の多さに定評のある生徒会のこと、なんだかんだと引き継ぎ後も関わりは尽きず、忙しい卒業式を過ごした。
そして今、親友に肩を叩かれながら目を真っ赤に腫らしている。

「三年間、あっという間だったね」
「……すごく……」
「色々あったけど、楽しかったよね」
「うん! それに私、京子と会えて良かった」

その言葉に京子は一瞬固まり、次いで抱きつく。

「私も!」

紺色のスカートがひらりと揺れた。
二人の進学先は違う。
理由もなく、毎日会い、話すことはもうない。
感傷は尽きない、だが京子は自分を押さえて微笑んだ。

「椿は行く所あるでしょ」
「……う、ん」
「ほら、そうと決まったら早く!!」

軽やかな音と共に、背中を叩く。
何度も振り返る親友に「さっさと行け!」と動作で示し、遠ざかる背中に呟いた。

「本当に楽しかったよ。ありがとう……がんばれ」

琥珀色の髪が風に舞う。
一筋溢れた涙を拭って、彼女は踵を返した。





□□□





判李は相次ぐ「ボタンください」コールから逃れ屋上に佇んでいた。
とある教師から扉の鍵を拝借したのだ。

(そういえば第二ボタンくれとはいわれなかったなぁ〜)

生あくびを浮かべた。それは取りも直さず愛と根性で付き合い続けた女生徒の存在があったわけだが、彼にはわからない。
何故なら判李にとって他人は自分を楽しませる、言わば遊興の一つでしかないのだから。
だから三ヶ月に一度彼女が変わろうが、告白を受ければ基本的に断らなかったし、去る者は追わない、忘れる。そのスタンスは現在の彼女に対しても同じだった。
だが、

(あいつ根性あるよなぁ)

黒曜石の瞳が喜びに輝く、哀しみに潤む、驚愕に見開く、怒りに震える。
気づけば色鮮やかに刻み込まれていた。
一塊の風が制服の裾を揺らす。
人間関係とは近づく他人と適度に関わり、楽しみ、やがて去るのを見送る。
比較的身近と言える生徒会のメンバーですら卒業後は少しずつ離れていくのだろう。
椿以外は。

(だよな〜って……?)

首を捻ると、髪が肩口をすべり落ちた。
長い指を顎にやり、考え込む。
なにか、今、とても大切なことに気づいた。

(……あ、れ……?)

記憶の糸を辿る様に。再び考え込んだ瞬間、屋上の扉が音を立てて開いた。
顔をあげると、鍵を手にした彼女の姿。
腰まで伸ばした漆黒の髪、僅かに上気した頬、桜色のくちびる。
男女共に大人気の元副会長。興味一つ持たなかった事実を今更確認した。
その意味を。
気づいて判李は椿に歩み寄った。
香しい花の蜜に抗えない蝶の様に。

「三双萩君……?」

そして瞳に映る。





□□□




階段を駆け上がる。
手には惇明先生から借りた屋上の鍵。

「彼なら屋上にいますよ。鍵ですか? もちろん私が貸しました」

いらずらっぽく微笑み、片目を瞑った教師。
その姿に肩を落とし、差し出されたスペアキーを握りしめて駆け出した。

何があったわけではない。
何を言いたいわけでもない───言った所で何も変わらない。
付き合い始めて一年以上過ぎ、彼はそういう存在だと理解した。
けれど、

(ひとつくらいご褒美、あってもいいかなって)

心はくれなくても、好きになってもらうのは無理でも、第二ボタンくらい欲しい。
せめて近くにいたかった。

(ボタンがなくなっていませんように!)

しかして運命の扉は開く。
生まれて初めて海を見た子供。
そうとしか表現できない表情を浮かべ、歩み寄る彼に動揺した。

「三双萩君……?」

だけど問答無用で、腕の中に引き寄せられる。
目一杯首を逸らし、顔を上げた。すると頬を滑る指先。

(え……と?)

左腕は腰をしっかりと抱きしめ、右手は頬を包み込む。切れ長の双眸はやけに真面目な表情で見つめ、視線を逸らすことすら許されない。

「三双萩君、あの?」
「椿、だよな」
「へ? うん、椿、照木椿ですが……」

思わず惚けた声で返し、首を傾げる。
頭でもぶつけたのだろうかと考え、それはないと結論づけた───彼はどんな時でも自分が痛い思いをしたり、いやな気分になるような事態にはしないのだ。

「俺のこと探してた?」
「うん」
「なんで?」
「第二ボタン、もう誰かにあげちゃったかな、って」

問いかけると、直後ブツリという音が聞こえ、手の中に落とされた目的のボタン。

「椿以外にはやらない」
「え……そう……あの、ありがとう」

頬を赤く染め、握りしめる。我知らず照れ笑いを浮かべていた。
すると、判李は上機嫌そうに眉をひそめ、再び彼女の頬に手を当て上向かせる。

「三双萩君?」
「判李」
「え?」
「なんで一年以上付き合って、苗字なんだ」
「……判李君」

首筋まで赤くし、俯いた。
すると彼は零れ落ちそうな笑顔で呼ぶ。

「つばーき、こっち向け」

反射的に顔をあげた。
すると楽しそうに笑う顔。

「四月から、休学して旅に出るから」
「休学……?」

心が哀しみに曇った。
せっかく同じ大学に受かったのに……。
けれど椿は嫌われたくない一心で、精一杯の笑顔を浮かべた。

「いってらっしゃい、たまにでいいから電話してね」

すると彼はこれ以上ないというほど、満面の笑みで返す。

「何言ってるんだ? 椿も一緒だろ」
「……え?」

一片の迷いもなく言い切られた言葉に、今度こそ彼女の思考は完全停止した。







咲き初めの木蓮が揺れ、高い空が青く輝く。
桜の季節が近づいていた。





2010-05-05

グッジョブ自分!……なんちゃって。
当主が大好きな全国3万人のみなさまごめんなさい。いろいろすっとばして卒業式編でした。
一言で言うなら「当主ついにデレる編」なので偽物度がハンパないです。ごめんなさい、ごめんなさい。私は超楽しかったです!!生徒会合宿冬、「デレた当主に生徒会役員雪だるまを作りだす編(嘘)」を書いたら、「椿がんばる編(約一年)」も書いて行きたいと思います!それにしても楽しいな♪許可をくださったマガリさんの懐の広さに感謝しつつ今回はこんなところで。

written by Nogiku.