手乗り静雄を飼おう!

第一話

都内某所、とあるオフィスビルの一室。
彼女は手慣れた仕草でパソコンを叩き、きりの良いところで保存のボタンを押した。時計を見上げると、定時まであと五分。

「お疲れ」
「お疲れ様」

デスクの隣を通りかかった同僚と挨拶を交わし、帰宅の支度を始めた。
そして定時と同時に、「お先に失礼します」と周囲に声を掛けて立ち上がる。
常に時間に追われてはいるものの、自分の仕事が終われば気遣わないで帰れる。はそんな職場を気に入っていた。
以前は仕事が終わろうが終わるまいが、周りに合わせなければ帰れなくて、ため息をつくことも多かっただけに余計そう思う。
コミュニケーションが苦手というほどではないが、得意でもない彼女にとって、同僚とのほどよい距離感を保てることもこの仕事を気に入っている理由の一つだった。

そうしてぼんやり電車に揺られること二十分。最寄り駅で降りて、スーパーで買い物をして、自宅に帰る。
先月までは二日に一度は出来合の弁当を買って帰っていたが、今は違う。
弾んだ気持ちで家の扉を開き、真っ先に確認したのは部屋の一角に設置された段ボールだった。蓋は開きっぱなし、さらに右側面に小さな穴が開けられ、一見して何に使うかわからない段ボールの中を覗き込んで、相好を崩す。

「ただいま」
「ん」

そこにいたのは、ぷっくらほっぺのバーテン服のお人形。
そうとしか形容できない物が、愛らしい仕草でコクリと頷いた。全長十五センチほどのそれは、彼女と目が合うと立ち上がり、段ボールの側面の穴から出てきて、差し出された掌に飛び乗る。
そう、それは人形などではなく、歴とした生き物だった。
彼女は抑えきれない笑顔で彼に問いかける。

「静雄くん、今日のご飯はハンバーグとハンバーガーどちらがいいですか?」
「ハンバーガー……モフる」
「わかりました。今から作るので少し待っていてくださいね」

はテレビのスイッチを入れ、その前に静雄をそっと置いた。今の時間帯だと物騒なニュースが多いので、借りてきたディズニーアニメを再生する。
彼がテーブルのど真ん中に鎮座するミニソファーに座ったのを確認してから台所へ向かった。
そしてハンバーグをこね、普通サイズとミニサイズの二つを並べて焼く。
パンをクッキー用の型抜きで丸く切り、野菜と焼き上がったハンバーガーを挟んだ。掌サイズの彼には少し大きいかもしれない。でも案外よく食べるし、多分大丈夫だろう。
自己完結してから小さなコップに牛乳を注ぎ、「お待たせしました」と言いながら、テーブルに並べる。
静雄は立ち上がり、「いただきます」と手を合わせ、ハンバーガーを両手で持ち上げてモフモフと食べ始めた。彼女は自分も大きさだけ違うハンバーガーを食べつつ、頬が緩むのをとめられない。

「んだよ」

睨まれたので、目をそらしテレビを眺めるふりをして、横目で見る。
モフモフ。
本当にハンバーガー食べるときの咀嚼音がモフモフなんだぁ。は妙なことに感動しつつ、こうなった経緯に思いを馳せた。