お気楽道中、問答無用!

「星倫、この梅干しすっぱい!!」
「梅干しってすっぱいものでしょ。だいたいが食べたいっていうから手配したけど、それすごく貴重なものなんだよ?」

の言葉に、首を傾げながら応える。
旅の途中。彼女の興味が向くまま彩雲国を巡って早数ヶ月。紅州にほど近い高級宿で彼女はぶーたれていた。

「違うっこんなの梅干しだけど梅干しじゃない! 私はもっと肉厚かつ甘みが強くてすっぱい、そういう梅干しが食べたいの!!」

机につっぷして、うりうりと駄々をこねる。
そんな姿は可愛くて怖い。何故なら、

「梅は木になる……みかん? 紅州……そうだ!」

急に立ち上がった彼女は、黒曜石の瞳を輝かせて宣言した。

「行くわよ!」

どこへ?



□□□



僕には生まれたときからずっと一緒の従姉妹がいる。
彼女が本家、僕は傍流。
名前は
少し癖のある艶やかな黒髪を持つ美少女だ。
でも良いのは見た目だけ、僕と似ているのなんて髪くらいだろう。
……それはいい。僕と彼女が似ていないのなんて今更だし、だいたいこの台詞前に言いましたよね。わかってますよ。わかっています!
厚顔不遜を地でいく彼女に怖いものなんてない。極めすぎて、周囲に危険を振りまいていた。
そして直撃を食らうのは僕だ。
ため息を飲み込む。
は薄紅色の屏風の前に立ち、華美な扇を優雅に広げ、高笑いをする。

「ですから。許可書にサインをくれと言っているのですわ。それくらいでしたら、『元』当主のあなたにでもできるでしょう? おーほほほほほ!」

元という部分で韻を踏み、見事な笑い声を響かせる。
すると、目前の麗人がピシリという不吉な音を立てて立ち上がった。多分、彼の座っていた机にヒビが入った音だ。

「お前、この私を侮辱するとは良い度胸だ。誰か、この女を……」

遮って、は懐から一通の手紙を差し出す。
勢いよく開いたそれには、一言こう記されていた。

彼女の提案を最後まで聞いてください。守れないようでしたら子供達を連れて実家に帰らせていただきます。 百合

「……な!?」
「というわけですわ」

書状を丸め直し、懐にしまい直す。
紅黎深は数秒ほど放心した後、顔を上げて僕らを睨んだ。

「ふ、ふん! 兄上ならともかく百合の書状くらいでこの私を丸め込めると思ったら大間違いだ! だ、だ、だいたいたい百合の実家は紅家だ!」

だがその虚勢は一瞬で崩れる。
彼女は鼻を鳴らして、彼を見下す様に妖艶に笑んだ。

「承知致しました。それでは百合さんには、黎深様から三行半を突き付けられたとお伝えしておきます。何、彼女の今後についてはご心配はいりません。我が黄家には彼女に嫁に来て欲しいと粘りつづけていい年になってしまった御仁がいますので……家中総出で歓迎しますわ」

ニィっと美しくも悪魔の様な笑みを浮かべる
しかしそこは紅黎深。背後に地獄の釜の蓋をぶち破って召還した閻魔大王を背負い、対峙した。
そして睨み合うこと数分。
屋根裏から鼠が逃げた。使用人が倒れる物音がする。
先に目をそらしたのは紅黎深だった。扇で口元を隠す。
次いで彼女の顔を見ると満面の笑顔だった。
可愛い。
じゃなくって、勝ったようだ。紅黎深はなんだかんだで奥方に頭が上がらないという噂は本当だったらしい。
思わず息をつくと、双方から睨まれた。
僕のせいじゃないのに!?

こうして元紅家当主から、彼直属の技術者を借り受けることに成功した。
ついでに紅家邸に滞在する許可までもぎ取る。
しばらく陰に日向に恐ろしい視線、ついでに暗殺者まで差し向けられたが、ある日を堺に和解した。

「甘いみかんの作り方だと? ふん、くだらん。そんなものわざわざ貴様に教えられずとも! ……あ? ああ、それでどうやって……ほう」

翌年、糖度三割増しのみかんが紅州で実った。しかし彼女曰くまだまだイケるとのこと。その言葉を聞いた彼は、より凄まじい情熱で甘い蜜柑にのめり込んだ。
簡単に言うと、のてのひらの上に落ちてきた。
我が主ながらこういうところが本当に怖いと思う。知識の出所も謎だし。
しかし彼女はそんな思いを知ってか知らずが、大輪の薔薇のごとき笑顔で振り向く。

「さあ、美味しい梅干しを作るわよ!」

まさか梅干しの為に、百合さんを引っかけ、紅黎深を脅迫し、ついでに味方につけてしまうとは。さらに彼女の野望は美味しい梅干しだけに止まらないらしい。

「素敵な和食計画……完璧だわ」

味噌や美味しいお米作りやら。梅干しを手始めに色々やるつもりらしい。

「でも米は当然として、味噌だって少ないながらもあるよね? これくらいなら黄州でもできるんじゃ……」

尖った天つ才と名高いとは言え、他家の領地でやるより自分のところでやったほうが話は早いだろう。
けれど鼻で笑われた。

「何言ってるの? あんた普段食べてるあれをごはんと言い切るわけ。バカなの死ぬの? ご飯っていうのはねあんなものじゃないの。ふっくらしっとりそれでいて噛みしめると甘味が広がる。そして熱々のご飯に肉厚の梅干しを乗せる。あ、納豆もいいわね! そして傍らには豆腐の浮かんだ味噌汁。私がそれが一刻も早く食べたいの! だとすれば農業が盛んで品種改良にも積極的な紅州でやるのが手っ取り早いじゃない」

彼女は僕の背中をぐりぐり踏みながら、言った。
結果として梅干し作りは大成功。夏バテや二日酔いにも効果絶大な上ほんのり甘く美味しい梅干しはバカ売れした。
米の品種改良も時間はかかったけれど順調に進んでいる。味噌汁の評判も上々。
彼女の発案は八割方当たった。
そう、納豆以外は。