冷血Girl

軽井沢で決定戦

夏休み、高原の空気がおいしい。
それは小鳥の鳴き出す早朝ともなれば格別。ということで私は軽井沢で一人バードウォッチングをしていた。

「チョンチョイピーピリッピ」

鳥の鳴きまねをしながら図鑑をめくる。
もう一度双眼鏡を構えて、特徴を捉えた。
……めちゃくちゃ可愛い!!
私は今ハルヒと一緒に軽井沢に来ている。
蘭花さんのご友人のペンションでアルバイトをさせてもらうことになったのだ。ハルヒ一人でも問題ない様子だったが、高原で一人自然観察会!という個人的うま味、蘭花さんからの「ちゃんが一緒の方が安心だし☆」という押しにより参加が決定した。
アルバイト代はハルヒの三分の二。
彼女はしきりに遠慮していたがそこまでお金に困ってるわけじゃないし、寝食及び早朝時々夜のフリータイム付きでこれならば問題はあるまい。美鈴さんにも悪いし。
問題があるとすれば、

「そろそろかな」

桜蘭の先輩及び同級生どもが来る。
邪魔されないといいな、呟いて下山を始めた。





「……何してんですか?」
「あーちゃんも来てたんだー!」
「「うっわー汚い格好!!」」

ショタボイスと感じ悪いハモリが出迎える。帰り道でヘリコプターが見えたのでもしや、と思ったがやっぱりか。
暇人共め。
ボンボンならボンボンらしく海外のビーチでも行っとけ。避暑って言ってもスイスとかあるでしょ。こっち来んな。
双子も先輩もシカトして二階の従業員用部屋(ハルヒと一緒)に戻った。
次いで部屋が汚れない様に扉近くで綿の長袖シャツを脱ぐ。汚いというほどではないが、ほこりっぽいのは確かなのでシャワーを浴びた。かくしてフリフリエプロンに着替え、一階に降りる。

「客室争奪さわやかアルバイト選手権IN軽井沢」

とやらは無視して通常接客。
時折眺めると環先輩は柵を壊し、双子は箒を振り回して室内を汚し、ハニー先輩はお花を摘んでいた。
全体的に邪魔。
モリ先輩のみかっこよく薪を割っていたので良しとする。……このペンションって薪使ってたっけ?まあセーフ。
そして優雅にお茶を飲んでいる鳳サンに声をかけた。

「先輩は参加しないんですか?」
「勝利したところでこんなペンションに一人で泊まっても仕方ないだろう?」
「ふぅん」

生返事をして、仕事に取りかかった。
まずは環先輩を殴ろう。





彼女は気のない仕草で俺と会話をし、背を向ける。
がハルヒと一緒に軽井沢に来ているのは知っていた。しかしあんな格好で俺たちの前に現れるとは思ってもいなかった。
身体より一回り大きく頑丈なだけが取り柄な長袖のシャツ、同じく丈夫そうな素材でできた長ズボン。極めつけは首に下げられた双眼鏡。
どこのサファリパークから帰ってきたんだと全員が思ったに違いない。
だが驚くのはここからだった。
さわやか選手権が始まった直後に二階から現れた
普段は縛っている髪を下ろし三角巾、ハルヒとお揃いのエプロンを身につける。さらに薄い化粧をしているように見えた。
この事態は予想してしかるべきもので。
しかし欠片も想像できず。
結果変身要素というものの効果的演出法を学んだ。

ちゃんの営業スマイル、かわいいねー」

気づくと真横で満面の笑みを浮かべているハニー先輩。
俺は眼鏡を直しながら返事をした。

「部でも発揮して欲しいものです」

彼女は普段はみじんも動かさない表情を淡く綻ばせ微笑む。女性客にも男性客にも愛想の良さは変わらない。
ホスト部でも生かしてもらいたいものだが、説得するだけ無駄だろうと思考した。

「ナンパされてるねぇ。鏡ちゃん、いいの?」
なら自力で断れるでしょう」

案の定さらりとかわし、男性客の席を離れた。
だいたい何故俺にその話を振る?

「鏡ちゃん、鏡ちゃん」
「はい?」
「ここ、眉間に皺が寄ってるよ」
「……なんのことです?」

不審な言動に眉を潜める。
するとハニー先輩は、

「別にー」

と言ってモリ先輩の元に駆けだした。
後に思えば、この時が全ての始まりだったわけだが……彼女がこの時点で俺をなんとも思ってなかったことを知るにつけ、腹立たしくも感じる。