冷血Girl

そして解説を求める

ふわり、と珈琲の芳香が鼻先をくすぐる。
クラシックが流れる喫茶店。ミルクと砂糖をドバドバと投入した。
そして待つ。
でも彼は動かない。
辟易して、観葉植物を眺めている男に冷たい視線を投げつけた。

「……で?」
「で、とは」

コーヒーカップをテーブルに叩きつけそうになるのを堪えて、コメカミを揉む。いくら奥まった席とはいえ、喫茶店で騒ぐのはいけない。
でもシラっとした表情が気にくわなかった。
手を伸ばしてネクタイをひっぱる。

「なんだ」

テーブルから身を乗り出して、顔を近づける。すると彼の目が泳いだ。

「説明しろって言ってるんですよ、せ・ん・ぱ・い」
「……鏡夜だ」
「はい?」

ネクタイを掴んでいる私の手をやんわり解き、両手で包み込んだ。灰色味帯びた切れ長の瞳が、真正面から見つめる。
妙に熱のこもったそれに、眉を顰めた。

「名前で呼べ。俺も呼ぶ、いいな?」
「はぁ」

甘い声音を聞き流す。
深いため息をつくと、強く手を握られた。

「痛いです」
「……すまない。だがそれとこれとは別だ」
「いや……まあいいですけど」

経緯はどうあれ、交際をオーケーしたのは私だ。
状況的に断れなかったのが主な理由だけど、頭がいい男は嫌いじゃない。

「鏡夜」
「あ、ああ」

彼は私の手を離さないまま、目線だけ外した。
切れ長の瞳に、黒髪短髪、整った容貌。
ホスト部員に対して一山いくら感覚だったので気にしていなかったが、改めて見ると綺麗な顔をしている。
私は唸った。
二十年後に私好みになりそうな顔だなあ。

「微笑んでみてください」
「……あ?」

室内の温度が下がった。
照れているのか怒っているのか。
ため息をついて、掴まれているの反対側の手で頬肘をついた。

「冗談です。それで、どうなの?」
「何がだ」
「鏡夜は私のどこが好きなの?」

するとみるみるうちに顔が赤く染まる。
勢いよく手を振り払われ、口元を手で隠した。
普段冷静な彼が狼狽する姿に、小声で突っ込む。

「……乙女か……」
「ああ?」

怒られたので、適当にあしらう。
鏡夜は眼鏡をクイっとあげてポーズをとる。どうするのかと思って眺めていると、鞄から手の平大の箱を取り出した。

「手を出せ」
「はい?」

箱に手を伸ばすと、途中で捕まった。
指先が恋人つなぎみたいに絡み合い、包み込まれる。次いで肩を掴まれた。
息がかかるほどの距離で、切れ長の瞳が瞬きをする。

「お前は変だ」
「はぁ」
「いつも俺の視界の端をうろちょろ……はしてないな。静かに佇んでいるし、そうでなければハルヒと楽しそうに会話している。最近は双子とも仲がいいな」

確かにハルヒと話すのは楽しいけれど、双子と仲良くなった覚えはない。というかよくも嵌めるのに協力したな、あとで覚えてろよ馨っ!
そんなことを考えている間にも、鏡夜の口説き文句だか単なる文句だかわからないものは続いた。

「お前は普段無表情なくせに、あいつらには時折微笑む。一度で良いから俺にも向けて欲しいと思った。……だからだよ」

私は鏡夜を部活の先輩としか思ってなかった。
だって彼を好き嫌い以前に、桜蘭高校で恋愛をするつもりなんてなかったし、出来るなんて考えてもいなかった。
何故なら、私の精神は彼らの母親と変わらないくらいの時間を生きている。だから恋愛なんてできないと思っていた。
でも彼に告白されて、ありかもしれないと、案外肉体年齢に精神が引っ張られるものなのかもと考え直す。
それに、体育祭での彼の熱さは好ましいと感じた。
頭がキレて、それでいて実は仲間思いなのも知ってる。
そして私を真っ直ぐ見つめる瞳は、好きかもしれない。

が好きだ。お前の望まない形で告白したことは認める。だけどどんな手を使ってでも俺を見て欲しかった」
「……うん」

多分、ああいう形の告白でなければ軽くいなし断っていた。
今回は一度頷いたから、『とりあえず』付き合ってみようと思っただけ。でも少しだけ気持ちが動いた。
しかし私達にはどうしようもない問題がある。

「でも、鏡夜の家はどうするの? はっきり言ってそういう意味であなたが私と付き合うメリットはない、どころかマイナスだよ」
「……それか」

苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
私は庶民だ。そして彼はただのお金持ちではない。前世において大人であったことがある私は、身分違いの恋愛をシンデレラ気分で楽しむことなど出来なかった。
けれど、

「どうにかする」
「どうにかって」
「俺はどんな障害にも屈するつもりはない」

言い切って不適に微笑む姿に、吹き出した。
これが青春期の強みなのかも知れない。

「そういうの嫌いじゃないわ」

頬が緩む。
自然とくちびるが弧を描いた。
それは花のつぼみが開く瞬間のように自然に。
彼は一瞬呆然として、口を開いた。でもその言葉が形になる直前、喫茶店にクラッカーの音が響き渡る。

「「「「「おめでとうー!!!!!!」」」」」

壁の影、観葉植物の影、天井等々。
わらわらと現れるホスト部の面々に呆れた。
ため息をついて珈琲を一口。困っているハルヒを手招きした。
甘い。
やはり珈琲はブラックに限る。

「き・さ・ま・らああああ!!!」

私の魔王様がホスト部メンバーに雷を落とした。

ちなみに机に置かれた小箱の中身は、ドイツ製の双眼鏡だった。
値段約十万円。私が欲しがってるのをどこで知った。
さすがに受け取り拒否したら、もらいものだからと押しつけられてしまう。
鏡夜ってホント変なところで押しが強いよね。
嫌いじゃないけど。
ということで、これが私と鏡夜が付き合うことになったお話の顛末だ。