鳳珠と冬姫の帰還ヒロインがもし現代にいて、恋人同士だったら……というお話です。
恋したくなるお題 WEB拍手
>>index
彼は苛立っていた。
砂の様に零れ落ちる髪を厭わしげにかきあげ、書類をめくる。
───こんなはずではなかった。
定時に仕事を終わらせ、花束片手に恋人の元へ向かう。
いつも待たせてしまう彼女を今日こそは迎え、驚かせたかった。
……だというのに!
すべては学生時代からの腐れ縁であり、同僚でもある紅黎深のせいだ。あいつさえ人に仕事を押し付けてトンズラしなければこんなことにはならなかった。
思わず吐き出しそうになった汚い言葉を押さえて、期限間近の仕事の山を処理する。放り出せない真面目な性格をついた、陰湿な嫌がらせとしか思えなかった。
黎深、今度会う時がお前の最期だ……呪詛を呟く。
結局全てが片付いたのは約束の五分前。
急いでコートを羽織り、会社を飛び出した。
タクシーに駆け込み、携帯をコールする。
「すまない、遅れる。 ……ああ、いや。 寒いだろう、中で待っていて欲しい」
何故毎回待たせてしまうのだろう。
自己嫌悪に陥っている間にも、車は喧騒を抜け、目的地に誘う。
待ち合わせはホテル前の大きなツリー。
タクシーから降り、電話をかけようとして、
「鳳珠」
色とりどりに飾られたツリー。
都内で一番豪華と言われるそれよりも彼女が輝いて見えた。
知人の紹介で知り合った十歳年下の恋人。
透ける様に白い肌を寒気で赤く染め、微笑んでいた。
「……寒かっただろう」
「全然」
どうして外で待っていた。
問いかけたかったのに、できなかった。
純白の雪原に咲く一輪の花。
健気な言葉に、愛しさがこみ上げた。
そして世界から音が消えた。
抱き寄せ、冷たい頬をてのひらで包む。
「……愛してる……」
黒曜石の瞳に見入られる。
壊れものを扱う様にそっとくちづけた。
クリスマスの夜。
約束の場所には十五分も前に着いてしまった。
視線は仲睦まじいカップルに向かう。ため息が白い湯気として吐き出された。
友達の紹介で知り合った恋人は性格が良くて、仕事ができてエリートで、その上美形。
自分には不似合いなのでは───何度も思った。だけどいつの間にかそんな条件がどうでもよくなるほど彼に惹かれていた。
すごく真面目でやさしくて、全部大好き。
今更別れろと言われても諦め切れそうにない。
考えていたら「遅れる」という謝罪の電話が入った。
振り向けば豪奢なホテルのロビーがある。
温かな光溢れるそこに入って、鳳珠を待てばいい。
わかってはいたけれど動けなかった。
そして待ち合わせの時間から20分ほど過ぎて現れる。
愛しい背中。
「鳳珠」
振り向いた瞬間、胸が高鳴った。
どうして彼は会うたび、初恋のときめきを感じさせるのか。
「……寒かっただろう」
首を横に振る。
頬が暖かいてのひらに包まれた。
次いでくちびるに甘い感触。
世界には鳳珠しかいなかった。
柔らかい絨毯の感触を感じながらエレベーターに乗り込む。
二人きりの空間で、品の良い香水の香りに包まれた。
「寒くないか?」
「大丈夫」
腰を抱き寄せる腕。
見上げて小首を傾げた。
「鳳珠、髪に何か……」
手は放さないまま、わずかに屈む。
……本当は何もついていない。
ゴミをとるふりをして、頬に手を当てた。
予約したレストランをは気に入るだろうか。
考えながらも手は自然と彼女を抱き寄せる。
エレベーターの上昇する感覚と柔らかい身体。
髪に何かついているという言葉に腰を落とした。
「すまない」
前髪にゴミでもついているのだろうか?
頬に添えられた細い指が心地よい。
瞬間、長いまつげが視界いっぱいに迫った。
「……ごめん、嘘」
交わされたキス。
あまりに愛らしい仕草に、離れたくちびるを追ってもう一度くちづけた。
今度は深く。
それは最上階に着く直前まで続いた。
上品な仕草で食前酒を含む。
胸元の大きく開いたドレス、それは不似合いではないものの少し大人び過ぎているように思えた。
「どうしたの?」
小さく首を傾げる仕草が愛らしい。
やはりもっとに似合うドレスがあるはずだ───ひとりごちて来週買い物に誘うことを決めた。
「いや」
そして約束代わりに白い手を引き、指先にキスを落とした。
は表情に出さない様に、憤慨していた。
何故ならば……。
(また見た)
周囲の女性からの視線。
自分たちも恋人と来ているだろうに、鳳珠に注がれる瞳は熱い。
……むかつく。
確かに彼は美形だし、髪の毛サラサラだし、ついでにお肌はわたしより綺麗だし。
付き合い始めてからというものの一体何人の女に、「あなたは彼に似合わない」と言われた事か。
考えていたら鬱になってきた。
一応服装は彼に合わせているつもりだがどの程度効果を発揮しているやら。
「」
だが鳳珠はそんな雰囲気も気にせず、手をとり甘い美声で囁いた。
次いで優雅な仕草で指先にくちづけ。
すごく……エロいです。
食事が終わったら、ホテルの部屋へ。
いつものことながら、鳳珠のエスコートには穴がない。
しかもスイート。
さすがにこれには驚いた。大きな窓から望む夜景に思わず歓声をあげる。
子供っぽかったかもしれない。
しかし振り返れば彼は微笑んでいた。
思わず取り留めもないことを聞きたくなる。
「鳳珠は……その、えーと」
「ん?」
涼しげな瞳が間近から覗き込む。
頬が赤らむのを押さえて、問いかけた。
「わたしのどこか好き……なんでしょうか?」
瞬間、驚きに見開いた瞳。
沈黙に身体の芯がヒンヤリと冷え込むのを感じた。
気がつけば頬を伝い落ちる涙。
「……泣くな、泣かないで欲しい」
痛いほど強く抱き寄せられた。
次いで耳元で囁く。
「全てが好きだ……でもそれは君の望む答えではないだろう? だから考えてしまった。 の笑顔が好きだ。 気遣ってくれるやさしい性格が好きだ。 怒った時のむくれる頬が好きだ。 誰より愛してる、私を信じて欲しい」
顔が沸騰しそうな熱を持った。
……本当に信じていいの?
「私には君しかいない」
手をとられた。
そして薬指にくちづけ。
「だから……」
「……だから……?」
声が擦れた。耳の中で心臓が大きく鼓動するのが聞こえた。
次いで彼が小さな箱を取りだす。
「結婚して欲しい」
頭がまっ白になった。
その所為なのか、その後の出来事は朧げにしか覚えていない。
でも朝起きて、薬指で輝く宝石が幻覚ではないかと何度も眺めていたら、
「おはよう」
後ろから抱きしめる身体に、振り向いて微笑んだ。
人気投票の鳳珠票の伸びに、何かお礼をしたいなーと思って書き始めたこのお話。
書き上がってみれば、管理人が一番楽しい出来映えとなりました!
鳳珠はやっぱり超エリートサラリーマンだよね!同僚は黎深と悠舜♪
ヒロインはなんとなくOLのイメージで、同期に燕青と静蘭(言いよられるも天然スルー)がいて……なんて本編とは関係ない想像が膨らみました。
二人を紹介したのは誰なんでしょうね。この二人だと最初の一年くらいはすごく健全なデートばかりしてそうです(笑)なんで手を出されないんだろうと真剣に悩むヒロイン。それが当たり前だと思っているので気がつかない鳳珠。うっかり好きだとか愛してるとか言ってない鳳珠(心では思ってるし、行動にも出しているので伝わっていると思っている)言って欲しいヒロインの葛藤……みたいな。いや妄想ですが。
なにはともあれ、すごく楽しく書けました。
もう全然クリスマスじゃなくてすいません。一人でも多くの方に楽しんでいただければ幸いです。またもしよければWEB拍手から一言、一押しなりともいただけると嬉しいです。
2009.12.27