冬姫の帰還

再会

あの日、木枯らし吹く庭園で、呆然と中空を見つめる私に米つきバッタは、「なーにのことだ、ひょっこり帰ってくるって」と意味のない慰めを言い、「静蘭顔色悪いわよ」お嬢様にまで心配されてしまった。

がいない。

手のひらからこぼれ落ちる砂粒の如く、またなくしてしまった。彼女は今も泣いているのだろうか。

あれの事が好きだったか?と聞かれればそうだ、と答えられる。けれど長年なんとも思っていなかったのは事実だ。
お嬢様のことはもちろんあるがそれ以上に、改めて思い返してみても、あれは変な女だったと思う。
初対面時、男装でさっそうと現れ、お嬢様に後々まで、「王子様って……ああいうことよね」とため息をつかせた。
それはもういい。良くないがその後、女だとわかったのはチャラだ。しかしある日突然私達の前に見せなくなり、数年後再会したら女官になっていた。
しかしやはり彼女は女官としても変で、頭が重いからという理由で、後頭部の髪を軽く結い上げるだけの簡易的な髪型をしている。流れる黒髪に艶やかな女官姿。男装していたとはいえ、少年と見間違えたことがあるのが嘘のようだと思った。でもあの時点では、に対して特別な感情抱いていない。よくいる私の容姿に魅せられた女の一人だと思っていた。
しかしながら、諸々の出来事を経験し……なんだ。
あれの一挙手一投足から目が離せなくなった。大した美人でもないくせに、微笑むと妙に可愛い。泣きそうな顔をされると、落ち着かない気分になる。
だいたいあいつはなんだ?弱いとは思わないが、強いわけでもない。一度負けたくせにだと?あれは油断していただけだ。根本的に殺し合いに向いていないやつと本気でやりあって負けるはずがないだろうが。
だから守ってやってもいいと思ったのに、あちらこちらと走り回り、克洵君のことは大好きだわ、燕青とはやけに親しそうだわ、縹家の変態には攫われるわ。
ようやく想いを打ち明け、通じたと思った瞬間引き裂かれた。
自分の無力さに腹が立つ。けれど絶対に取り返す。世界が違うとか、そんなことは知らん。取り返してから考える。
だが事件が立て続けに起こり、情報収集程度しか出来なかった。しかし邪仙教の騒動が終結し、早春。
が消えてから数ヶ月も過ぎてしまった。
一度お嬢様達とは別れ、本格的にを探そうと考えている。この際縹家に乗り込んでも構わない。
晴れ渡る青空を眺め物思いに耽っていると、突然薄紅の着物が視界を埋めた。

「なんで空中!?」

響き渡る悲鳴。
ブワリと広がった緑の黒髪。その正体に思い当たり、抱き留めようと腕を広げた。だがそれは空を切る。

「よお
「燕青!」

米つきバッタの腕の中から流れ落ちた烏の濡れ羽根色の髪。
位置が悪い、何故私の真上に落ちてこなかった!?
怒っている気配を察したのか、彼女は軽やかに地面に降り立ち、困り顔で首を傾げた。

「えーと」

次いで目が合うと、恥ずかしそうに頬を染める。
仕草がいじましく、愛らしかった。

「か、帰って来ちゃった……あの、あれ?もしかして迷惑だった?」

地面をつま先でほじくる彼女に、肩を落とす。
近づき、少し青くなった顎を持ち上げた。確かに彼女だと確認して力を抜く。

「なんだ……自力で帰ってきたのか」
「なんだって何よ!?」
「私が迎えに行くつもりだった」
「……え?」
「ようやく茶州の騒動も収まって、ずいぶん待たせてしまったと思うがな……悪かった」
「迎えに……そっか、ありがとう」

伺うように至近距離から見上げて、ふんわりと笑った。
春風が吹く。頬を撫で、心まで天上へ連れ去られるような心地がした。

「静蘭!?」

覆い被さるように抱きしめると、もぞもぞと動き、小さく抱き返した。

「ただいま」
「おかえり」

茶州にも春が訪れる。
温もりに頬が緩んだ。










「もしもーしお二人さん俺のこと忘れてない?」

燕青は後頭部をぼりぼりと掻き、綻ぶように微笑んだ。