冬姫の帰還-子世代前編-

*冬姫の帰還子世代編です。兄妹の二人兄弟。
兄・翡翠は母親似、妹・河南は父親似(名前は暫定で他に思いつけば変更します)
普段は貴陽に済んでいるのですが、両親の大げんかにより、舞台は茶州となります。





貴陽から、馬車に揺られること一ヶ月ほど。
塞ぎこみがちだった母の久方ぶりの笑顔に、翡翠はほっと息をついた。
馬車の窓から外を見るとそこには街中の喧噪があり、貴陽ほどではないものの、たくさんの通行人が見受けられる。中でも茶を基礎とした官吏風の服装の人が目に付く。男性が多数を占めるものの、女性の姿もちらほら見かけられた。

「母上、あれが?」
「ええ、よく覚えていたわね。彼らが茶州が誇る学徒たちよ」
「ガクト−!」

河南が落ち着きなく手足をバタつかせる。
翡翠は、今年四歳になる妹の発音が間違っていることに気づいたが、聞かなかったことにした。

「ははうえーちちうえは?」
「……さあ、どうしてるのかしらね?」

河南が無邪気に問いかけた瞬間、空気が凍った。

「は、母上。僕は克洵様にお会いできるのが楽しみです」
「ふふ、生まれたばかりのころに会っているのよ。覚えている?」
「いいえ」

そうよね、まだ二つの頃だし……あれから六年も経ったのね。時間が経つのは早いものねと物思いに耽った。


***


茶州へ到着し、二週間が過ぎた。
最初の数日こそ茶州の人々に紹介されたり、街中を案内してもらったりと忙しかったが、そこを過ぎれば彼ら兄妹には特にすることはない。
翡翠は庭で鍛錬を行ったり、学問に励んだりとそれなりに過ごしていたが、飽きっぽく子供らしさが抜けない河南は暇で仕方がなかった。
母は連日茶州府に出向いてしまっているし、兄は構ってくれないし、今日は誰も遊びに来てくれないし。ついでにお手伝いさんまでいない。
門前を守る兵士は、いくら駄々をこねても遊んでくれなかった。

「あにうえー!!」

ついに河南は癇癪を起こした。
そしてなんだかんだで妹に甘い兄は、街中へ行きたいという妹の我が儘を聞いてしまう。
結果、

「あにうえ……」
「大丈夫」

喧噪の街中を、手を繋いで歩く兄妹。
二人は迷子になってしまった。
大きな瞳に涙を浮かべる河南と、妹を不安がらせまいと励ます翡翠。
大通りを歩いているうちは、有能な官吏と茶家当主の尽力により向上した治安のおかげでさほど問題にならなかった。
けれど迷いながら進むうち、二人は薄暗い通りに入ってしまう。
そうして気づけば怪しい風体の男達に囲まれていた。

「河南、逃げろ」

翡翠は妹を背中に庇うと、ニヤニヤと手を伸ばす男達に向かい合った。
懐に忍ばせていた短刀を取り出し、妹と狼藉者の間を塞ぐ。すると男達から笑いが漏れた。

「おいおい、綺麗な顔したお坊ちゃん。怪我するからやめときな」
「なかなか立派なもん持ってるじゃねえか! ちょっと見せてみろよ」

口々に勝手なことを言いながら近づいてくる。
翡翠は一つ息をつき、手の震えを止めた。今にも泣き出しそうな妹の声に焦る気持ちを宥め、一歩踏み出す。

「やあ!!」
「いってえ!?」
「んだこのガキ!!」

短刀を抜き一閃。不用意に近づいてきた一人の手の平を切り裂く。しかし浅いとはいえ反抗したことで男達の頭に血が上ってしまった。どこからか持ってきた材木を二人に振り上げる。
翡翠は河南に覆い被さるように抱きつき庇った。
材木が風を切る音。
翡翠はぎゅっと目を閉じ、身体を固くした。

「ぎゃっ!?」
「なんだてめえ!」

だが痛みは訪れず、男達の注目も逸れる。
恐る恐る目を開くとそこには、

「……おや君たちは」

亜麻色の髪が、ゆるく揺れる。次いで猫の様に細められた瞳が笑った。