冬姫の帰還

彼女との出会いは―藍楸瑛の場合―


 当時の私は後宮の花達を愛でることで、心の埋まらぬ部分を慰めていた。
 しかし呆気ない程簡単に陥落してしまう女官達。
 それはそれで可愛い花達ではあったけれど、物足りなさを感じていたのも事実だった。
 珠翠殿ただ一人だけは違ったけれど、あれは他人を想う花。
 靡かせたいという矜持と靡かないで欲しいという感情が複雑に絡み合って、混沌とした想いを抱いていた。


 そんな頃の話だ。
 第六公子の元に入った女官の噂を聞いたのは。
 彼女は上級官吏からの評判が高く、「その美貌は仙女にも勝る」とか「漆黒の双眸と微笑には千金の価値がある」などと言われていた。
 しかも難攻不落。
 贈り物を受け取りはするものの、舞い込む求婚のすべてを袖にしたらしい。
 これで興味をそそられないわけはない。


 そんな彼女との出会いは月の綺麗な晩に訪れた。
 花の元へ忍ぶ最中、


「もし、落としましたよ」
「これは済まない」


 振り返ると漆を流したように真っ黒な髪の女性が月光を背に佇んでいた。
 三、四年下だろうか。
 幼さの残る顔立ちにしかし瞳だけは大人びた輝きを放っていた。
 刺繍の入った布を受け取る。
 そしてそのまま腕を取った。

 
「失礼。 君は第六公子付きで入ったという女官だね」
「ええ……まあ」


 胡乱な目で見上げる彼女の顎に手をかけた。
 

「私は――」
「藍左将軍ですね」


 彼女は雰囲気に流されずきっぱりと言い切り、私の腕を払った。


「お噂はかねがね。 筆頭女官から後宮で青い服の男を見つけたら塩を蒔けと言われているもので」
「珠翠殿か……」


 私が苦笑すると、彼女は合わせて薄く微笑んだ。
 それは仙女もかくやと思わせる美しい微笑みだった。


「お名前を教えていただけませんか?」
「……です。 でもあまり人前では呼ばないでくださいね」


 釘を刺した彼女に理由を問いかけると、


「だってまだ死にたくありませんから。 あなたの恋いこがれる女人は後宮にもたくさんいるんですよ」


 と言って吹き出すように笑った。
 その鈴の鳴るような笑い声に一瞬、初恋の人の面影が重なった。












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楸瑛との出会い編でした。
本編は一人称という都合上容姿についてあまり言及できないのでここぞとばかりに書かせていただきました。
楸瑛→さんっぽい感じで。でも今後彼との恋愛展開はありません(笑)
冬姫の帰還には珍しく、ドリームっぽい雰囲気に仕上げてみました。
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2007.09.14 This fanfiction is written by Nogiku.