冬姫の帰還




 その頃の静蘭は秀麗と邵可、そして玉座にある弟だけが世界の全てだった。お嬢様と旦那様、劉輝さえいればそれでいい。確かにそう思っていた。
 しかしの剣戟が、ずっと示して来たひた向きな好意が、全てを打ち砕いた。


(こんなにも愛しく、もどかしくて壊してしまいたい程愛する時が来るなどと考えもしなかった)


 静蘭はの口内を犯す様に蹂躙し、生理的な涙の溜まった瞳を舐めた。


(愛してる)


 しかしそれは言葉にならず、二人の間を冷たい風が吹き抜けた。










たとえば君だけは、











 静蘭はある日一人の少年と出会った。正しくは少女だったのだが、その時邵可以外の誰も気がつかなかった。
 しだいに打ち解け、少女だと理解した静蘭はしかし相変わらず秀麗以外の女人に興味を持つ事は無かった。
 そして数年の時が過ぎる。
 静蘭はが自分に好意を持っている事に気がついていた。――見抜いた上で無視をした。それは女人から好意を寄せられ過ぎるものの性だったのか、だから静蘭は少しでも注意を向けていれば気がついたであろう彼女の諦めや、苦悩にずっと気がつかなかった。


「なぜあなたがここにいるんですか?」
「……女官だから?」


 突然の再会にも動じず淡々と問いかける。それに対しは引きつった笑顔を返した。
 万事この調子だった。静蘭がからかい、もそれに顔を引きつらせつつ応じる。そんな関係には少しずつ疲れ、静蘭はそれに気づかなかった。いや、気づいていたのに意図的に気づかないフリをした。


 そして静蘭がようやく自らの想いに気づく頃、破綻は訪れる。
 紅貴妃誘拐と茶鴛洵の死だ。
 に大きな衝撃を与えたそれをしかし、静蘭は理解しなかった。


「黙って別れを告げられるとでも思っていたのか?」


 なぜ一人で抱え込もうとする!?静蘭の怒声にはびくりと肩を震わせた。そして何も言わずただ涙を流した。
 静蘭は締め付けられた胸の内をそのままに舌を絡ませ、の嬌声を引き出す。


(何故泣く。 何故何も言わない。 ……私はお前の全てが欲しい)


 静蘭はくちづけを深くし、柔らかな双丘に指を這わせ、着物をはぎ取る様に手をかけた。しかし、それは細い指先に留められる。そして告げられた別れの言葉。にしてみれば考えに考えた答えだったのだろう。だが静蘭にとっては青天の霹靂。自分の中にある“愛”に気づいて間もない男には酷な言葉だった。しかしはそれを知らず追い討ちをかけるように言葉を告げる。


「じゃあ静蘭は秀麗から離れられる? わたしを選んでくれる?」
「……!」


 それは死刑宣告のように静蘭の耳に響く。
 そして自分を選ばないと言って去った女のぬくもりが肌から消えずいつまでも溶けない雪の様に静蘭の心に降り続けた。












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初の静蘭視点。いかがでしたでしょうか?さんとのかみ合わない想いを表現できてると、いいのですが。序章から第一章にかけてのダイジェストのようになってしまったのでわかりづらかもしれませんが、こんな感じです。第二章をお待ちください。


2007.12.31 This fanfiction is written by Nogiku.