冬姫の帰還




 脳天をカチ割られたと思った。
 木刀も彼が持てば殺人的な破壊力を持つ。それは誇張なんかではなく事実、殴打された瞬間わたしの目の前はまっ白になって反転した。
 この場所に場違いな、あまい香りに包まれて。


「情けない娘だな」


 冷たい眼差しが冷然と微笑み、


「眠れ」


 言葉と共に広い腕の中に倒れ込んだのだった。










荒野で出会った悪魔は、きっと











 意識が戻って感じたのは白梅の香りだった。
 室に満ちていたのは威厳と、風格と、一握りの空虚。


「ようやく起きたか」
「……陛下」


 耳元で囁かれたら腰砕けになりそうな美声に、痛む身体を少し持ち上げた。仰ぎ見ればそこには壮年の男性。少し癖のある髪と猛禽類を思わせる鋭い視線を持つ彼の名は紫戩華。言わずと知れた彩雲国の国王である。


「ここはどこですか?」
「俺の寝室だ」


 泰然と微笑む様子は威厳に満ちあふれていた。
 けれど、


「……わたしは何故裸なんでしょう?」


 裸、というと少々語弊があるが肌襦袢一枚というのはこの国の人の倫理観から考えて裸同然であることは間違いない。


「しかも陛下の寝室って……!?」


 さぁーと顔から血の気が引くのを感じた。
 しかし慌てて確認してみれば、傷の手当をされた跡はあれど、ナニかをされた形跡はない。ほっと息をついて、寝台に身を横たえ戩華王を見上げた。
 楽し気に肩肘をついたままわたしの百面相を見守っていた彼は、


「なんだ、襲われたいのか?」

 
 笑みを深めてそう言った。


「……遠慮します。 遠慮させてください」


 身体にはたくさんの切り傷と打撲傷。こんな状態で組みしかれたら死ぬ。
 ……そういう問題ではないが。
 しかし浮かんだ疑問に思わず問いかけ、後悔した。


「着替えさせていただいたみたいですけど、傷の手当はどなたが……? あ、珠翠様ですか?」
「俺がやったが?」


 なにか文句あんのか、と言いたげに彼は眉根に皺を寄せる。
 文句というか、それってつまり……。


「ええー!?」


 と叫んだ瞬間、彼に稽古と称したいじめで打撲された傷が痛んだ。


「いたた。 ……陛下の鬼畜むっつり……」


 呟いた瞬間、早業のように馬乗りに手首を拘束され、腰砕けの美声が耳元で囁く。


「本気でヤラれたいようだな」


 ぎしり、と寝台が音を立てた瞬間血の気が引いた。


「そそそんなことは! 陛下ならよりどりみどりですし。 ですから、えーと、……ごめんなさい」


 わたしが謝り終わるか終わらないか、寝台が再び音を立てて圧迫感が去った。
 息をついて、シーツを顔の半ばまで引き上げ見上げると大きな手のひらがやさしく頭を撫でていた。それはまるで父が娘にする仕草のようで、


 変な人。
 そんな言葉が頭に浮かんだ。でも嫌な気分じゃない。


 宋太傅に稽古をつけてもらおうとしたら、いつもの場所には彼がいて。
 問答無用で稽古と言う名の暴行をうけた(しかし今回のことで自分の欠点がよくわかった)
 そして手当をしてくれ、あまつさえ頭を撫でてくれる。
 本当に、


「……変な人……」


 つぶやいた瞬間彼は頭を撫でる仕草をやめた。


「陛下?」


 そして寝台に滑り込む逞しい身体と嗜虐的な笑みに、


「へへへ陛下!? そそそそいうお相手をお探しならこんな小娘ではなくですね」
「黙っていれば何もしないでやる」


 思わず口を閉じた。
 傷を避けて抱きしめる仕草には確かに下心はなさそうだけど。


「子供は体温が高いから良い温石代わりになるな」
「……じゃあお尻さわらないでください」
「減るものではない」
「そういう問題じゃないです」




 しかし押しのけようと彼の二の腕に触れた瞬間、電流のような痛みが走って。
 突如感じた暗澹たる不安に呼びかけたけど、


「陛下?」


 聞こえなかったように薄藍色の瞳を閉じる。
 

「……陛下……?」


 包み込む温もりに睡魔が押し寄せ、わたしも瞳を閉じた。







 おひさまのにおいのするひと。














 このわずか数年後、紫戩華王崩御の知らせが彩雲国全土を駆け巡った。












戻る

先王陛下との交流(?)


2008.4.21 This fanfiction is written by Nogiku.