闇を切り裂く悲鳴が聞こえた。
振り向いたのは彼のみ。しかし確実に、
さいごの言葉を覚えていてね
肌が粟立つような悪寒に振り向く。───どろり。鉄サビの匂いが鼻の奥を刺激した。
逃げたい。でも、
「愛しているよ」
背後から聞こえた呟きに、心臓をつめたい手で掴まれたように。膝が小刻みに震え、肌が粟立った。
(いやだ)
しかし心とは裏腹に硬直した身体は動かない。強ばった首を無理矢理ねじり、そして彼と目を合わせた。血塗れの縹色。喉の奥で悲鳴が溢れた。
だけど男は微笑む。───冷たい、なのに焦がれるほどに懐かしくて。
見透かすような笑みは、髪を一房手にとりくちづけた。
「ようやく見つけた。 愛しい人」
言葉と共に、彼の額から粘度の高い赤い液体がツゥーと流れた。
怖くてたまらなかったのに、なぜかそれが愛しかった。次いで近づく顔に歯の根が合わさらなくなる音がひとごとみたいに暗い室に響いて、
「愛してるよ。 私の可愛い……」
冬姫
瞬間、脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回されたような不快感に、吐き気がこみ上げた。
「わたしは、違う!!」
言葉は自然と溢れた。そして力一杯突き飛ばす。でも見上げた彼にあるのはやさしげな微笑みで、
「違わないよ。 だって……」
差し出された手を思わず、見た。
それは血塗れの刀。
「なに……?」
しかし直後───ずぶり、と肉を貫く感触が手のひらに伝わった。
「あいしてるよ」
縹色が笑って。
全身血塗れのわたし、ガタガタと震えて。
生暖かい紅が頬を伝って涙と一緒に、闇に溶けて消えた。
「いやぁああああー!!」
瞳から大粒の涙がボロボロ流れた。
肺に一変に空気すらなくなって、苦しい。それでも叫ぶのをやめるのが怖かった。徐々に目前が白く霞む。
しかし、
「!」
節くれ立った指が肩に食い込み、霞む白に鳶色の瞳が映った。瞬間、どっと身体の力が抜ける。
室だ。わたしは自分の室にいる。あの暗い場所に彼と二人じゃない。
「はうぃあ……!」
「息を吸いなさい」
やさしく背中を撫でる手のひらに、少しずつ夢と現の境目が見え始めた。ひゅうひゅうと空気が喉を通る音がして、くいこむほど握りしめた指先を彼がほぐす。
「飲めるかの」
差し出された湯気の立つ茶碗に視線を落とした。
「……鴛洵様……、旦那様」
「無理をせず、ゆっくり飲みなさい」
頭を撫でられて、肩から力が抜ける。
そして安堵に涙が零れ落ちた。
「怖かった。 わたし、本当に……」
鴛洵さまは頷く。
幼子にするように頭を撫でられ、再び涙が溢れた。
そして小一時間縋って泣いてしまったわたしは、
「ま、真夜中に鴛洵様を起こすなんて……」
「娘の心配するのは当然のことじゃろう」
「鴛洵様……」
我知らず染まる頬が恥ずかしくって、頭からシーツを被りなおした。
暖かくてやさしい宝物。
でも翌年わたしは後宮へ女官としてあがる。そして……。
いつだって君の幸せを祈っているよ。
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ヒロインはこの夢のせいで完全にスプラッタが駄目になりました。