「おほほ、悔しかったら何か言い返してごらんなさいまし」
頭を撫でる白魚の手。
漆を流したように真っ黒な髪と、外見に反して強い光を放つ瞳。楚々とした仕草は貴族の子女らしく、流麗な言葉遣いは深窓の令嬢を思わせて。
だが俺に対する態度は本当に公子だと思ってるのかこの野郎!と叫びたくなるほど砕けたものだった。
「だったらわざわざ冬姫殿の宮を訪ねることはないのですよ?」
笑みを含んだ鬼姫の言葉に、
「うるさい!」
癇癪を起こす日々。
そして………………あれから数十年の時が過ぎた。
王位を簒奪し、山の様な骸を積み上げて。後悔することなどなにひとつ存在しない。
しかし俺が俺の余命を決めた後、
「茶の養女ですぞ」
「ほう」
現れた少女。
劉輝付きの女官でありながら、自ら宋の弟子に志願した変な女。不思議と興味を引かれ、軽い気持ちで稽古をつけてやることに決めた。
劉輝のいない時を狙って府庫を訪ねる。「宋は不在だ、俺が教えてやろう」告げると戸惑うように視線をさ迷わせた女。だがわずかな間を置いて、剣を上段に構える。なるほど、宋が教えているだけあって悪くはない。がその程度だ、と思った。
しかし、
「やぁああああああー!」
剣戟と共に瞳が輝いた瞬間。
(……!?)
眼差しが冬姫と重なった。
「戩華、一緒に遊びましょう」
外見は違う、しかし瞳の放つ光が同質で。
あれは矜持の高い男ほどドつぼに嵌まる質の悪い光だ。
喜びから、思わず激しい斬戟を見舞う。
一閃
二閃
三閃
悪くない腕だ、だが頭上からの一撃を避け損ねる。
俺はわずかの思案の後、自室で手当することにした。そしてこれを機密とする。
後に影に命じて彼女を調べさせると、重要な情報と共にひとつ看過できない話を聞いた。曰くの室には高官からの贈り物が絶えないとか。
しかしそれはこの時より、途切れることになる。
───嫁にしたくば俺の屍を超えて行け。
ケルベロスの愛情
「主上」
「戩華と呼べ」
「戩華さま?」
「ふ、なんだ?」
「…………えと、いいお天気ですね」
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アンケートからリクエストいただいた、先王視点です。
凍原に咲く雪花をご覧になっていない方にはわけのわからないお話で申し訳ない。
しかし冷静に読み返して気がついたのですが、これ、誰もさん口説けないですよね(笑)
でもそんな愛しい娘でも稽古となればボコボコにする、それが戩華王クオリティー(意味不明)
ちなみに「機密」の部分は戩華の気遣い、王の愛人なんて呼ばれないようにする為の処置です。そんなことわざわざ彼がする時点でものすごい特別扱いですよね。