冬姫の帰還




一陣の風が吹き、薄花色の髪をなぶった。


「ちっ……またこの季節か」


季節が夏から秋へと移り変わる。それを知らせた冷たい風。
彼は秋が嫌いだった。
なぜならば───


「清雅君って時々自分にも嘘をつくのね。 それってすごく疲れそう」


花のように微笑み、子供扱いした女と出会った時節だから。










気に入らない方の奇跡












風が頬を撫でる。


「涼しくなって来たわね」


ひとりごちながら、ぷらぷらと歩く。
耳を澄ますとコオロギとキリギリスの競演が聞こえた。
空を見上げれば、満月が映る。
昔からこの季節が好きだった。
暑くもなし、寒くもなし。
過ぎ行く清廉な空気も、高くなり始めた空も、大好き。
なんと言っても衣が汗でまとわりつかないのが嬉しかった。
浮かれてスキップをしてみる。すると折し悪く、誰もいないはずの扉が開き、


「おや、まあ……」


女官が眉をひそめる。


「……あはっ」


仕方ないので、愛想笑いをした。
すると、彼女は鼻で笑う。そしてスタスタと歩き去った。
なんだ、わたしを嫌いな派閥の女官だったのか。
肩を竦めた。
当然と言えば当然の反応だと思う。後宮に入って早々第六公子付きなんて昇進、反感を買うのが普通だろう。姓を明かせないので、鴛洵さまの威光も届かないし。
良い気分はしなかった。
でも全ての人に好かれるのなんて不可能。
だから気にしない。
わたしは女官の姿が完全に見えなくなったことを確認した後、庭院に降りた。


さくさくさく。


落ち葉を踏みしめる音が耳に心地よい。
袂に隠していた酒瓶を取りだし、軽く振ってみる。
すると楽しい気分は増して、勢いで道なき道に分け入る。
そして視界を覆っていた木々が途切れた瞬間、


「わあー」


降るような銀杏の大木に出会った。
月光に照らされ、舞う木の葉。
それは、大判小判ざっくざくの如く黄金色に輝いていた。










□□□










「先客か」


見惚れる事しばし、かけられた声に振り向く。
印象的な瞳。
綺麗な、だが嘲りを含んだ声色と相まって、どこかの誰かを彷彿とされる。
しかし少年。
声変わりすらしていない年頃の男の子が、佇んでいた。
だからわたしは、


「先客ですか、でしょ?」


嗜めた。
この年頃は皆そんなものかもしれないが、初対面の人に対する態度ではない。これが街中ならば辛うじて見逃されるかも知れないが、ここ後宮だし。
そんな思案に暮れながら、新米侍官と思しき彼に視線をやる。そして銀の腕輪に気がついた。凝った意匠の銀細工───あれは……。
もう一度顔をよく見ようと視線を戻す。すると少年は髪をかきあげようとする仕草のまま固まっていた。頬がピクピクしている。
どうやらわたしは彼の決め台詞を遮ってしまったらしい。
だからゆっくりと十、待つ。










まだかな……。












「ねえ君、お酒飲める?」


どかりと銀杏の根元に腰を下ろして、固まる少年を手招きした。
すると呪縛から逃れるように、


「……馬鹿にしてるのか?」
「おほほ、質問に答えなさい。 ぼ・う・や」
「ふざけろ、この女」


可愛いものだ。
見た所十四、五と言ったところだろうか。そういえばうちの弟もその頃は生意気盛りで、大変だった。
こんなものだろう。口喧嘩の応酬を続ける。
続けつつも、杯を傾けた。
当然彼の分も。
そして気がつくと、少年は酔いつぶれていた。
井戸まで水を汲みに行き、額に濡れた手拭を置いてあげる。しかし口は減らない。


「触るな……女は……嫌いだ……」
「はい、はい。 わかったからちゃんと水飲むのよ? じゃないと口移しで飲ませるからね」
「……っ!! この体勢はなんだ」
「膝枕よ、知らないの?」
「馬鹿にするな、女のくせに……」
「女のくせにとか言わないの。 とても失礼よ? それにわたしにはって言う名前があるんだから」
……ふん、趣味の悪い名だ」
「そんなこと言うと君の事これから坊やって呼んじゃうからね!」
「ふざけろ」


風が吹いて、降注ぐ銀杏が視界を塞ぐ。
この付き合いは半年ほど続き、彼の毒舌を聞くのが楽しかった。
でもある日を境にぱったりと姿を見せなくなった。寂寥感を感じながらも、忙しい日々に追われ次第に忘れた。
結局彼が『原作』に深く関わる人物だと気がついたのは、これから何年も後の出来事。再び出会うのも……。












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清雅出会い編でした。
後宮で内偵している清雅君と、夜歩きが趣味のヒロインです。ちなみに原作知識は茶州編までなので、彼のことは知りません。
偽者度高めです、スイマセン。でも、彼だって官吏にホヤホヤの頃は、余裕もあまりなかったんじゃないかなーなんて。間の話もリクエストあれば考えます。


2009.3.8 This fanfiction is written by Nogiku.