年下の男の子、年上の女の子

指から味見した生クリーム


甘いバニラエッセンスの香りが部屋に漂う。
私は恐る恐るオーブンからケーキを取り出し、楊子で慎重につついた。そしてテーブルの鍋敷きの上に置きしばし見つめる。

「し、しぼまない?」

不安を口にした。けれどケーキの生地は今度こそ原型を保っている。ほっと息を付き、肩をなで下ろした。
しかし不安は付きまとい、型にはまったままのケーキを上下左右から眺める。
そんなことをしていたら、彼が台所へ現れた。こちらをしばらく眺めた後、満面の笑みを浮かべる。

「今度はうまくいったみてえだな」
「型を外すまでわからないよ!」

外した瞬間ぺちゃんこって可能性もある。慎重な手つきでケーキから型を外した。
型を外したポーズのまま固まること数秒。喝采を上げた。

「で、できたー!!」
「やったな」
「ありがとう!」

思いあまって型を持ったまま隼人に抱きつく。
彼はやんわり私の手からケーキ型を奪い、抱きしめてくれた。頭をぽんぽん撫でられる感触に目を細める。

「ま、失敗しててもオレがジャム付けて食べたけどな」
「そんなに失敗してたらデコレーションする時間なくなっちゃう」

抱きついたままくちびるをとがらせたら、人差し指でつつかれた。次いで、「生クリーム立てはオレも手伝うぜ」と微笑む。
相好を崩して、いいの? と問いかけるとくちづけが落ちた。厚いくちびるに二回啄まれる。三回目は手の平で遮った。

「じゃあ私は生地を冷蔵庫に入れてからいちご切るね。生クリーム立ては大変だから途中交代でやろう」

一人暮らしの家に電動泡立て器なんてあるわけがない。普通の泡立て器だって今日の為に買ったくらいなのだから。
ボールを持って泡立てる隼人君を横目に見つつ、イチゴを薄くスライスした。
それが終わったので、振り向いて作業を変わる。

「ん? 別に疲れてねえけど」
「だって全部君にやってもらったら私が作ったって感じしないじゃない」

椅子に座ってシャカシャカと泡立てる。彼がかなり泡立ててくれたので少しかき回したら出来上がりそう。
嬉しくなって思いきり泡立てたら少し手に飛んでしまった。

「あーやっちゃった」

手を洗おうとボールをテーブルに置いた。すると隼人がすかさず歩み寄ってくる。次いで私の手をとり、ぺろりと舐めた。

「ん、うめえ」

人差し指を口に含んでねっとりと舐める。さらに中指の第2関節を舐め上げた。
艶っぽい表情と指を這い回る生暖かい感触。それに背筋がぞわりとした。次いでお腹の奥で変なものが這い回るような妙な感覚。
顔に熱が集まった。

「は、隼人! 何やってんのよ!?」

掴まれているのと反対の手でバシバシ叩く。しかし彼は楽しそうに笑うだけで抵抗さえしない。

「もう! 君はホントなんなの」

諦めてしたいようにさせた。彼は私の手についた生クリームを綺麗になめ取ると、手を掴んだポーズのまま耳元に顔を近づける。

の指、美味しかった。ごちそうさん」

自分の顔色が赤から青、そしてまた真っ赤に染まるのを感じた。

「何いってんのこのバカー!!」

台所に怒声が響く。
大ぶりのいちごが、まな板の上で出番を待っていた。