年下の男の子、年上の女の子

新開さんの謎

*泉田視点

我が箱根学園自転車競技部には、定期的な完全休暇日がある。かつてオーバーワークにより故障者が続出したことから始まった制度だ。
その日はいつもストイックな先輩達もリラックスした表情を見せる。連れだって出かける者、寮でゆっくりすごす人、猫に餌をやって和んでいる荒北さん。過ごし方は人それぞれだ。
しかし新開さんの過ごし方は他の人達とはひと味違う。
まず寮にいない。
早朝、愛車に跨がり鼻歌を歌いながらどこかへ出かけていく。
出かけの新開さんに出くわした時など、常時との雰囲気の違いに仰天した。いつも浮かべている柔和な笑顔とは全然違う心底幸せそうな顔で微笑み、準備を整える。
驚きに、思わず声をかけてしまった。

「お出かけですか?」

すると微笑みを崩さぬまま、「まあな」と手を振って出かけていった。
気になったのでユキに相談すると、「オレが知ってるわけないだろ。荒北さんなら知ってるんじゃないか?」とアドバイスをくれる。

「なるほど!」

ユキの部屋を出ようとすると、何故か付いてくる。別に一人でいいけど? と言うと、モゴモゴと、「いや」とか「でも」とか「べ、別に荒北さんに会いたいわけじゃねえし!」と逆ギレした。

「ユキの荒北さん好きも大概だよな」
「塔一郎にだけは言われたくねえよ!」

怒ってどこかに行ってしまった。荒北さんの短気が移ったのかな?
あとで母親から送られてきた和菓子をお裾分けしてやろう。
そうして荒北さんを探しながら寮内を彷徨う。
談話室から怒声が聞こえたので足を踏み入れると、東堂さんと荒北さんが窓際に立ったまま言い争いをしていた。しばらく様子を見ていると、荒北さんの声が小さくなり、東堂さんの笑い声が響く。

「お話中すいません」
「ああ? 泉田か。なんか用でもあんのか?」
「なんだ浮かない顔をして。女の子についての相談なら荒北よりオレの方が向いているぞ」
「いえ、女の子ではなく、新開さんのことでちょっとお聞きしたいことがあって」

二人揃ってこちらに顔を向けたのを見計らって、お聞きしても問題のないことだったら教えて頂きたいのですが、と前置きをしてから問いかけた。

「新開さんが休日の早朝から出かけていくのが気になりまして。お二人は何かご存じですか?」

ボクが一年の頃からですよね? と聞く。すると二人は顔を見合わせ、荒北さんがめんどくさそうに頭を掻いた。

「おめえどころかオレらが一年の頃からダヨ」
「秋頃からだったかな。あいつもマメだな」

二人で、呆れたような照れた様な表情を浮かべる。
その雰囲気に思い立った。

「もしかして彼女さんとかですか!? 新開さん彼女いるんですか!?」

少し声が大きすぎたのは談話室中の視線が集まった。コホンと咳払いをして、小声で問いかける。

「あー、オレはそこまでしらねえよ。東堂なんか知ってんのか?」
「オレも詳しいことは聞いてないな。隼人はよほどのことがない限りそういったことは言わないからな。でも十中八九彼女だろう。おお、フクちょうど良いところに来たな」

いつの間にかバインダー片手に佇んでいた福富さんに挨拶をする。
荒北さんと東堂さんが、新開さんの彼女について知ってるか? と聞くと、福富さんは無表情のまま考え込んだ後、小さく頷いた。

「そうだと聞いているが」

その言葉に談話室が盛り上がる。
寮生である他の部活の面々が、「新開の彼女って他校?」「やった、校内のライバル減った!」等々口々に言い合っていた。

「すいません、ボクが大きな声を出したせいで」
「まあ隠しているというわけでもないだろうし、大丈夫だろう」

沈んでいると東堂さんが肩を叩いて慰めてくれた。

「あとで隼人に謝っておくがいい」
「はい」

頭を垂れた。
そして夜、妙にスッキリした顔で帰ってきた新開さんを呼び止め、昼間の出来事を説明し、謝った。すると新開さんは、「まいったなぁ。でも特に隠してたわけじゃないしな」と笑って許してくれる。
さすが新開さん、心が広い!
ついでに彼女さんの写メまで見せてくれた。画面に映っている儚げな美人に、「すごく綺麗な人ですね」とため息をつくと新開さんの鼻の穴が広がった。

「だろ? これだけじゃなくてな……」

かくしてノロケ話は小一時間ほど続いた。
新開さんの新しい一面を知り、飄々としている先輩も大好きな彼女のことを話すときは、クラスメイトと大差ないのだと知る。
いつか写真ではなく実物にもご挨拶してみたい、それがボクの密やかな目標になった。