年下の男の子、年上の女の子

悠人現る

新開隼人ハッピーバースデー!
*内容は誕生日と関係ありません。




朝起きると隼人くんがいなかった。
大きく伸びをして時計を見ると朝の7時。伸びをしながら朝練かなと独り言をつぶやく。
ベッドから出て、顔を洗って、着替え朝ごはんの準備をした。
自分だけならシリアルか果物で十分なのだけど、うちには大食らいがいる。食べ足りないと世界で一番悲しそうな顔をする子が。
なので、生あくびをかみ殺してフライパンに手を伸ばした。
ハムエッグと、食パンと、サラダで足りるかな……? 一応ウィンナーも準備しておこう。そんなことを考えながらコンロの火をつけた。
その時、玄関のチャイムが鳴る。
今日はやけに早いなと思いながら火を止めて、玄関に向かった。

「おかえり。いつも玄関の鍵は自分で開けてって言ってるでしょ? ピンポンしたからっていつも私が開けてあげるとは限らないんだか」

らね。と言いかけて押し黙った。
てっきり、いやあだってオレおめさんにおかえりなさいって出迎えてもらいたいだろ? と誤魔化し笑顔を浮かべる隼人がいると思ったのに。

「えっと?」

きょとんとした表情が彼とよく似ている。でも別人だ。
そう思ったのに出た言葉は、

「隼人くん、痩せた?」

だった。
そんなわけない。一晩でどうやったらこんなに痩せるんだ。というか痩せたというよりは全体的に細身だし。
そもそも身長も違う。よく見れば顔立ちにも差異があった。
けれど彼とよく似た面差しを持つ少年はしばし口元に手を当てて俯く。そうして拳銃に弾を装填させるようなジェスチャーをした。

「ズキューン! オレ実は4歳ばかし若返っちゃったんだ」
「ズキューンじゃなくてバキューンだよ。じゃなくて!」

でもその言葉で少年の正体がわかった。
四歳下で隼人そっくり、となれば。

「四年前の隼人くんは今のあなたとはちょっと違うかな? もしかして弟の」
「悠人です、綺麗なお姉さん」

あっさり肯定して片目を閉じる。
なんというか。なんていうか。
兄弟って顔だけじゃなく、性格まで似るんだなと、感心した。
隼人そっくりなポーズでロードバイクを抱えている彼に、玄関に置くように告げる。本当は隼人のロード置き場なので帰ってきたとき困るかもしれないけど。
サーヴェロちゃんはベランダに一時置きしてもらえばいいかな?
次いで部屋に案内すると、興味深そうに見回す。

「へえ、綺麗にしてるんですね」
「ちょうど昨日隼人くんが掃除してくれたから」
「へー隼人くん、お姉さんに対してはマメなんですね」
「そうかな? 箱学の寮にいたころも部屋は綺麗だったって福富くんが言ってたけど」
「それ、単に散らかすほど物がなかっただけですよ。うちにいたころは結構ごちゃごちゃしてたし」
「そうなんだ」

首の後ろに手を回しながら椅子に座る。私は反対のキッチンの前に立ち、問いかけた。

「悠人くん朝ごはんは?」
「まだです!」

キラキラした瞳に吹き出す。ほんとよく似た兄弟ね。

「準備するから先に手を洗ってきて。洗面所はそこ」

手で示すと、こくんと頷いた。
私はフライパンに油をしき、ベーコンと卵とウィンナーを準備する。ついでに冷蔵庫から食パンを出してトースターに放り込んだ。
サラダは昨日のが残ってるからそれでいいかな。
簡単ごはんとはいえ、一人暮らしの時はグラノーラか食べないかだったのだから変われば変わるものだなって思う。よく食べる人が一緒だと、苦手だった料理も頑張れた。
一時期は太るのが心配だったけど、完全に杞憂だった。夕飯後に定期的な運動を迫ってくる人と住んでのだ、逆にこれくらい食べないと痩せてしまう。

ベーコンをフライパンにのせると肉の良い匂いが漂ってくる。その上に卵を割りいれベーコンエッグにした。
次いで香ばしい匂いのするパンをトースターから出して、お皿に盛る。マーガリンとジャムを冷蔵庫から出し、別のお皿にベーコンエッグとウィンナーを盛る。その横にサラダを置いた。
すると悠人くんのお腹が鳴る。

「うわー、うまそう」
「大したものじゃないけどよければどうぞ」
「お姉さんは食べないんですか?」
「私は隼人くんが帰ってきてから食べるよ。見てたら食べづらい?」
「いいえ!」

元気のよい返事と同時にトーストにかぶりついた。
それをかわいいな、なんて思いながら眺める。それだけでは変な人みたいなの
で冷蔵庫から出した牛乳を飲んだ。ついでに悠人くんのコップにも注ぐ。

「ん。うまっ」
「よかった」

呟いて微笑むと、悠人くんが私を凝視した。
どうかした? と問いかけると満面の笑顔が返ってくる。

「お姉さんほんと綺麗ですね。オレの好みど真ん中!」
「そう? ありがとう」

返事をすると、なんか本気にしてないって感じ。とぶーたれた。
微笑ましい光景に吹き出すと、悠人くんはニコニコ笑った。
その時玄関の扉が開く。今日はちゃんと自分で鍵を開けたみたいだ。

「おかえり」

出迎えると、彼は愛車を片手に変な顔をしていた。

「なあこのロードって」
「やっほー、隼人くんひさしぶり」

何故か私の腰に手を回しながら現れた悠人くん。

「ああ、ひさしぶり。とりあえずこいつから手を離すところから始めようか」

言いながらサーヴェロを玄関にたてかけ、私を悠人くんから奪うみたいに抱きすくめた隼人くん。

「隼人くん?」
「ヒュウ」

悠人くんが口笛を吹いた。
片手で軽々と持ち上げられ、引き離される。

「え? え?」

悠人くんに掴まれていた部分を入念に撫でられた。
徐々に変になっていく手の動きを叩いて止める。

「いってえ」
「そんな強く叩いてないでしょ。お腹は?」

すると腹の虫がぐぅと返事した。

「もう、ご飯出来てるよ。三人で食べよう?」
「ん、ああ」

最初はちょっとだけ怒っていた隼人くんも、ご飯を食べ終わるころには機嫌を直していた。食後のお茶を飲みながら悠人くんが話しかける。

「ところで隼人くん」
「どうした?」
「今更だけどさ。確か一人暮らしするって言ってなかった?」
「え、うん。まあな」
「母さん知ってるの?」

隼人の目が泳いだ。私も泳いだ。

「つーか。彼女、でいいんだよね」
「ああ、そういえばちゃんと紹介してなかったよな。、もちろん俺の彼女だよ」

改めて言われると照れる。さらに隼人は言い募る。

「ちなみにさんとか呼ぶ必要ないからな。どうせ俺が卒業したら結婚するし、お姉さんでいいぞ」
「よろしく、お姉さん」

よく似た顔が見つめてくる。
顔に熱が集まるのを感じた。
ふいと目をそらすと、二人の口から同時に、可愛いなあという言葉が出た。

「年上に向かって可愛いって何よ」
「可愛いもんは可愛いだろ。なあゆうと」
「だよね。ところで何歳上なの」

しばし口ごもってから、年齢を告げると悠人くんは目を丸くし、「ヒュウ」と口笛を吹いた。