普通の恋愛

はじめの第一話
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新妻エイジのマンションに、チャイムが響き渡った。

「雄二郎さんが来るの今日じゃないっスよね?」
「だと思うけど」

ペンを持ったまま首の後ろで腕を組み、気だるげに玄関を眺める福田真太。対して中井は自信なさげに無精髭を掻いた。

「新妻くん、お客さんみたいだけど」
「ズキューン! パースボインッ!! 出てください!!」

ヘッドフォンから漏れる大音量の音楽。エイジは原稿に向かうと周りが見えなくなる性質だった。
真太は「へいへい」と肩を竦め、インターフォンをとった。
すると頬を紅潮させ、眉根を寄せた少女が映る。

「エイジ、さっさと出てきなさい!!」

ファンか?考え、面倒くさそうに問いかけた。

「どちらさんですか」
「どちらさんってふざけないで! あんたが迎えに来るって言うから東京駅で3時間も待ったんだから。 このバカエイジ!!」

頭に血が上ってるのか、夜中なのにも構わず叫ぶ。それが聞こえたらしいエイジは、シュタッ!口で効果音を叫びながら福田に並んで指示した。

「緊急事態発生!! 福田さん、今すぐ玄関まで迎えに行ってください」
「おっ?」

わけもわからず頷く。
そして扉を開けた途端、

「バカー!! 都会めちゃくちゃ怖かったんだから! 変なオジさんに援助交際しない? とか言われるし道に迷うし!! エイジのバカー!!」
「おいっ」

飛びかかる少女を受け止めた。
次いで柔らかい感触に思わず鼻の下が伸びそうになるのを堪える。
雪のように白い肌が印象的だった。涙で潤んだ瞳、桜色のくちびるがほんのり開いているのが妙に色っぽい。
何といっても柔らかい。さらにいい匂いまでした。
しかし彼女は彼の姿を確認した途端、顔を真っ青に染める。

「ひゃあ!!??」
「夜中に叫ぶな」

慌てて口元を塞ぐ。
すると見開いた瞳が、変質者を見る様に恐怖した。だがひょっこり現れた姿に、

「お姉ちゃん、久しぶりです!」
「姉ちゃんだと!?」
「むぐぅー!!」

怒りをあらわにした。
慌てて彼女を部屋の中に引きずり込み、ドアを閉める。
手を離した途端、エイジに詰め寄った。

「エイジ、何このヤンキーみたいな人!?」
「ヤンキーじゃありません、福田さんでーす」
「え……もしかしてアシスタントの人?」
「そうでーす」

彼女は真太と視線があうと、エイジの後ろに隠れた。
カチンと来た。
それは伸びた鼻の下を隠すためでは断じてない。

「姉だかなんだか知らないけど、あんた何様のつもりだ。 夜中に突然飛び込んで来て、叫んで。 近所迷惑とか考えろよ」

舌打ちをすると、少女の肩が震えた。
そしてわざとらしく真太を無視して、弟に向き合う。

「なんで迎えに来てくれなかったの? ずっと待ってたのに」
「原稿に夢中で忘れてました!!」
「いばって言わないでー!!」

騒音に真太は耳を塞いだ。
彼女の名前は新妻
今年、東京の大学に進学が決まり隣りの部屋に越して来たのだった。エイジの生活環境と彼女のセキュリティーを考えての判断らしい。
印象最悪。
口を開けば喧嘩ばかり。そんな日々が始まった。
福田さんなんて大っきらいです!