第二十二話

男は三白眼気味の瞳をすがめた。

「伊月」

雷蔵は無骨な顔に人なつっこい笑顔を浮かべ、両者の肩を叩く。

「揚羽とは面識があったかな。うちの軍で内政的なまとめ役をしてもらっている。実質的なナンバー2ってやつだな」
「こうして話すのは初めてだ。よろしく」

揚羽は口元に笑みを浮かべて手を差し出す。は眉をピクリと震わせ、それが表面だけの微笑みであることを見破った。
そのせい、というわけではないだろうが伊月は不機嫌そうな様子を崩さない。

「……お話はかねがね。あなたのおかげで我々が救われている点は多い。けれ同盟は別の話です」

友好的に握手をしつつも、両者の目は笑っていない。
しかし揚羽が肩を竦め、椅子に腰掛けると重くなりかけた空気が緩んだ。となりの椅子をに指し、彼女も素直に従う。
恋人には遠く、友人と言うには近すぎる二人の距離感に伊月は困惑気味に肩を竦め、雷蔵は顎に手をやり、「ほほう」と呟いた。

「あんたが反対する理由はなんだ?」

緩みすぎた空気を警戒するように伊月は座ろうとせず、三白眼をさらに細めた。

「あなた方が三者同盟を結ぼうとする理由は理解できます。けれど我々はタタラの為に戦っているわけではない。確かに三者同盟が成れば、より国王に肉薄することができる。しかしあちらだってバカしかいないわけではないでしょう。まず一角として、蒼の王を殺した関東が攻められる可能性は高いと思う。俺には今すぐ仲間が危うくなる危険を冒してまでタタラに下るメリットを見いだすことはできない、そういうことです」

その言葉を聞いた揚羽はしばらく考え込んだ後、雷蔵を振り仰いで微笑んだ。

「大した人材を手に入れたもんだな」
「伊月は頭がいいから俺も助かってる。こいつは蒼の王の人狩りレースからちょろまかした仲間第一号だからな」

が感心した様に見つめると、伊月は目を逸らした。
揚羽は伊月に向き直り、「だが」と切り出す。

「お前さんの危惧はもっともだ。でも今やらなければ意味がない。東北を説得する為にも、味方になって欲しい。そして京都を挟み込み、国王を落とす。結果的にお互いの為になるはずだ」

その言葉に伊月は舌打ちをした。
突然の豹変に、雷蔵が止めようと手を伸ばす。だがそれを払って激高する。

「つまりあんたは雷蔵に、東北のやつらを説得しろって言ってるんだろ? 俺から言わせれば逆だ。雪に埋まったアホどもを先に引っ張り出してから言いやがれ!」

は驚き大きな瞳を見開いた。

「落ち着け。とりあえず揚羽もお嬢ちゃんも今着いたばかりなんだ。性急に進めようとするのは止めろ」
「……そうですね言い過ぎました。でも悪いとは思っていません。俺たちにだって大した余裕があるわけじゃないんだ。雷蔵さんもそのことをちゃんと胸に刻んでおいてください。あなたは俺たちのリーダーなんだから」

言い終わると伊月は小さく頭を下げ、出て行った。
後ろ姿を見送り、雷蔵は申し訳なさそうな顔をする。だが謝罪の言葉は青の衣が遮った。

「俺も関東に関しては雷蔵ちゃんに説明すればそれで通ると思っていたところがある。……悪かったな。あいつはいいナンバー2だな」
「まあな。でも俺は三者同盟を有効だと思っている。伊月は真面目で融通が効かないところがあるが、理解してくれるはずだ」

今日はゆっくり休んでくれ、その言葉に頷いた。
結局関東に数日間の逗留を余儀なくされ、伊月───関東軍の面々が納得するまで粘り強い交渉を続けた結果、同盟が成される。
少し頭が固すぎるきらいがあるものの堅実な戦略思考を持つ伊月との対話は揚羽にとって無駄な時間ではなかった。
だが、

「……?」

まるで神隠しのように、彼女の姿が消えた。

 top 


2013.08.25