ふたつの世界、ふたりの世界

平和島静雄

基本三巻沿い。

彼の影 / ジャックランタン・ジャパン / ぽかぽか×遭遇 / ガスマスクの男 / 赤いポストと器物破損 / 美島沙樹
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2010.10.03-2014.1.14




*   *   *



少女と出会ったのは冷え込みが厳しい夜のことだった。
ヒタヒタと忍び寄る影に気づいた瞬間、乱闘を繰り広げる……などということはせず、電柱を蹴り上げ塀を飛び越えて逃げた。
逃げるが勝ち。
ちらりと見えた姿が少女だったこともあり、そのまま見過ごした。
だが翌日も、翌々日も。
ストーカーよろしく追跡は続いた。
時間を変えてもだめ、静くんを呼んだ時は姿を現さない。
とは言え彼も暇ではない。事情を話せば毎日迎えにきてくれるだろうが心配しすぎてトイレの中までついてくる気がした。
というか絶対くる、そしてお風呂には違う意味で一緒に入ろうとするだろう。
ストーカーが二人になってしまう。
それに相手は少女。万が一にでも彼に暴力を振るわせたくないし、警察沙汰になったら私が嫌だ。
考えて方針を決定した。




「こんばんは」

人影を一端撒き、背後から蹴り倒す。
ナイフを持つ手を思い切り踏みしめた。

「ひぃ!? あ、あんた……!!」
「ね、」

しかして笑顔で話しかける。

「暇? 奢ってあげるからファミレスでお茶しない?」

電灯に照らされた微笑みは、我ながら気持ち悪いものであったと思う。
そしてナイフを取り上げ、呆然とした少女を立ち上がらせた。
連行するように連れ去り、明るい店内へ。
ハーブティーを二つ頼んで、席に腰掛けた。

「名前は?」
「……紗英」
「見た感じ高校生くらい? こんな時間に毎日出歩くなんて危ないわよ」
「余計なお世話なんだけど、オバさん」
「うふ」

微笑んで、紗英の手の甲を抓った。

「痛っ!!」
「それであなたなんで私の後ろつけてたの? ファン?」
「んなわけないでしょ! アンタ平和島静雄の女なんでしょ!?」
「うん」

即答すると彼女は小麦色の肌を濃く染め、叫んだ。

「ならアンタをぶっ殺せば臨也さんに褒めてもらえる!!」

オレンジがかった茶髪が視界で揺れる。
久しぶりに原作知識を引き出し、照らし合わせた。メインの三ヶ島沙樹のイメージが強いが、折原臨也の信者にはこういったタイプも多数存在していたはずだ。さてこれは彼の陰謀かそれともただの先走りなのか。
振り向くウェートレスに「大丈夫」とジェスチャーで伝え、無言で笑った。
立ち上がった時机についた手の甲に狙いを定める。
コップの端を叩き付けた。

「痛い!!」
「公共の場では静かにしないとダメでしょ?」

笑むと紗英は顔を青く染め、ふいと目を反らした。




*   *   *



東中野 芸能事務所「ジャックランタン・ジャパン」
一通の紹介状を手に受付嬢に歩み寄る。

「三時からアポイントお願いしてますですが」
様ですね。少々お待ちください」

言葉に頷き、一歩下がる。
無難な方が良かろうと黒のパンプスにスカートとブラウスを着てきた。業種が業種だけにカジュアルな服装でも許されるかもしれないが、この紹介状を書いてくれた幽君のメンツにも関わる。ちゃんとしているに超したことはないだろう。
だが、

……服装エロい」

生唾を飲み込んだ恋人は叩いておいた。
静くんってばナニを連想してるんだ。今夜にでも先日ベットの下から回収したグラビア(OLさん特集)を眼前に突き付け色々責めてやろう。
そんなことを考えているうちにも話は進み、通された一室。多くの個室とロビーが混在する奇妙なオフィスだった。擬似的な会議室と思わしき場所。広く取られた床の上にいくつものソファーとテレビが並び、部屋の奥にあるテレビを鑑賞できた。
そこで待っていたのは白い肌にオールバックの金髪をなびかせ、色の濃いサングラスに無精ひげ、白いスーツに鰐皮の靴。高そうな指輪をして口には葉巻というあんまりといえばあんまりな外見をした男だった。

「YouがMr幽平がひいきしてるってお嬢さんかい」
「……社長さん、ですよね?」

わかっていても確認してしまう怪しい雰囲気。
流れるような動作で現れた秘書らしき男が名刺を差し出した。
───ジャックランタン・ジャパン 取締役社長 マックス・サンドシェルト

「社長のことは気にしないでくださいね」
「はあ」
「ヘイ!ヘイ!ヘイ!なんでぇなんでぇその言いぐさは!」
「社長、静かにしてください」
「あ、はい……ごめんなさい。ってそじゃねえだろ!」

出されたコーヒーに口をつけながら目前のコントを眺める。
幽くんはずいぶん面白い事務所に所属しているのね。これで有能な社長さんだというのだから世の中わからない。……わからない、がいかにも有能です!親切です!という顔をして裏で汚いことをやる人間をたくさん見てきた。これくらいの変人のほうが逆に良いのかもしれない。

「ワオ!ハリウッドに行ってたって!?なんだいこいつは!いいんじゃねえの!そうだよなあ!」

私の職歴書を眺めながら変なリアクションをする社長。
実際ハリウッドに行ったのはほんのわずかな期間で、大半を日本の芸能界にいた。だが「こちら」の池袋に来て、あの夜を過ごして、経歴を『何者』かに書き換えられていることに気づいた。
この世界で生きていくのに不都合ないように変化した仕事歴。元の仕事を素直に書くわけにはいかないしどうしようかと思っていたので助かった。しかし失った物にも気づく。私は基盤としていた世界をなくしたのだ。今の私はあちらの世界で作ったコネと人脈を持たない。
そこで幽くんにお願いして、この事務所を紹介してもらった。

「よし採用!Msの容姿なら女優で売り出しもありだろ、そっちはどうよ?」
「お断りします」

笑顔で断る。
二度とスポットライトの真ん中を歩くつもりはない。
社長は眉一つ動かさなかった。

「ま、それもありか!よし詳しい話は他のやつからよろしく!」
「お世話になります」

深く頭を垂れ、一つ付け足した。

「お世話ついでにお願いがあるのですが」

こんなこと羽島幽平の印籠がなかったら頼めないよね。
内心で小さく舌を出して、お願いを口にした。




*   *   *



うららかな日差しが春の訪れを感じさせた。
梅の花が満開を迎える。桜の花もつぼみがふくらみ始めた。
桜の季節。
それは彼らが出会って一年を迎えたことを意味していた。

「良い天気だね」
「……ああ」

手を繋いで歩く。
久しぶりの外出デート。人混みを避けゆっくり歩いた。
静雄はいつものバーテン服を脱ぎ、ジーパンにブルゾン姿。それは人畜無害な普通の通行人にしか見えなかった。ましてや真昼の住宅街。彼らの道行きを邪魔するものは何もなかった。
ふいに指先が絡む。彼女は見上げて首を傾げた。

「……ダメか?」
「全然」

すると彼の頬が緩んだ。
指先のぬくもりを感じながら歩く。

「足、痛くねえか。歩くと結構あるだろ?」
「大丈夫。このあたりまで来ると街の雰囲気が変わるね」

鬼子母神堂が見えたところで静雄が休憩の提案をした。

「なんか飲み物買ってくるわ」
「じゃあコーヒーブラックね」
「よくブラックなんて飲めるよなあ」
「静くん子供舌だもんね」
「んだよ」

軽くこづかれそうになるのを歓声をあげてよける。髪が一房猫のように揺れるのを見て、

「きゃっ、どうしたの?」

は突然抱きしめられたことに驚きを隠せない。
静雄はふぃ、と視線を逸らし答えた。

がどこかに行っちまいそうだったから」
「私、どこにも行かないよ」
「嘘じゃないな?」
「ずっとそばにいる」
「じゃあ指切りげんまん」
「「嘘ついたら針千本飲ーます!指切った」」

小指を絡めて約束した。
次いで静雄が小走りに買ってきた缶コーヒーを飲みながら神社の石壁に寄りかかる。

「あのさ」
「うん」
「あー」

聞きづらそうに言葉を濁した。
しかし決意して瞳を覗く。身長差のせいで覆い被さる様に崩れた体勢。合わせ鏡のごとくお互いの姿が瞳に映った。

「何、企んでる?」

は小さく笑う。

「企んでるなんて折原くんみたい」
「あいつの話を俺の前でするんじゃねえ!!」

缶が静雄の手の中でぐしゃりと潰れ、茶色い液体が噴き出した。
非難の声が上がる。

「静くん!」
「……悪い」

ハンカチを取り出し、拭うにしょんぼりした。
しかし飛び散ったコーヒーを拭きながら、見つめる視線に我に帰る。彼女は少し考えるそぶりを見せ、口を開いた。

「企んでる……とかそんな大層なことじゃないのよ」
「でもお前、幽の事務所入ったんだろ?それにあのお嬢ちゃんも……」
「紗英のこと?ええ、社長にお願いしてジャックランタン・ジャパンのアルバイトにしてもらった」
「……なんでだよ。ノミ蟲野郎の手先だってお前が言ってただろ?だから近づくなって、万が一また来やがったら俺がぶっ殺して……っ」

白い指先が静雄のくちびるを塞ぐ。

「紗英にあんまり酷いこと言わないで」
「っんでだよ」

問いかける。すると遠い目。

「私と似てるからかな。多分あの子は今境目なんだよ。まだ全部は壊れていない、だけど今誰かが手をさしのべてあげなきゃいつかダメになる……折原くんのところに置いておいたらなおさらだろうね。あの子変なところで真面目みたいだから、自分からもっと壊れた子と同じになろうとしそう」
「……あんま、似てねえと思うけどな」
「それって外見のこと?確かに紗英はタイプ違うよね。ギャルだし」

いたずらっ子のように笑い、片目を閉じた。

「私も昔ああいう格好してたって言ったら静くんどうする?」
「え!?」
「うっそー!」

今度は声を立てて笑いながら、恋人をからかう。
騙したな!?言いながらじゃれる男。
のどかな光景に舞い込んだ一陣の風。それは年嵩の女性の声だった。

「あら、静雄?」

ネギのはみ出した買い物袋を片手に日だまりの笑顔を浮かべる。

「げっ」
「今、げって言ったでしょ−?」

とてとてと歩み寄る彼女に、思わずといった風にを背後に隠した。

「静くん?」

───いくら年上趣味と言っても限度があるだろう。若く見えるけど多分親くらいの年齢だし───そこまで考え身繕いを始めた。
案の定、

「お袋……なんでこんなところで買い物してるんだよ」
「大根がね、売り切れてたのよ。だからそこまで。静雄こそ近くまで来てるなら家に顔出してくれたっていいのに」
「……あー悪い」

静雄と並ぶとずいぶんと身長差がある。ふわふわした、それでいて芯の強そうな印象を持つ女性だった。
はひょっこりと背中から顔を出す。
視線がかち合った。
すると女性の瞳は見る見る間に輝き、「まあ、まあ、まあ!」大興奮の合唱となった。

「静雄、彼女?彼女さんなの!?」
「……うるせえな」
「静くん」

小声で注意すると、項垂れた子犬のような瞳でを見る。
にっこり笑い、背後から飛び出した。

「静雄さんのお母様ですか?」
「ええ、初めまして」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。と申します」
「素敵なお名前ね」

和やかに談笑するのを遮ったのは不機嫌そうな声だった。

「お袋、これから夕飯作るんだろ?も帰るぞ」
「静雄ったらかっこつけちゃって」
「……んなっ」
「今度ご自宅に遊びにいっても?」
「是非来て!」

嬉しそうにの手を握ると、ぶんぶんと振り回した。
そして名残惜しそうに立ち去る。
完全に姿が見えなくなると、はふぅーっと大きく息を吐いた。

「びっくりしたぁ!」
「そうか?」
「静くんは自分のお母さんじゃない?私は未来のお義母さんかもしれないと思うと緊張したよ」
「お、お義母さんっ。か、だよな」

感動に目を潤ませ、ごまかすように手を握った。

「帰るか」
「ん」

神社の境内に、手を繋ぐ恋人たちの影が落ちる。
仲むつまじく寄り添って。




*   *   *



駅前でガスマスクの男とすれ違った。
喪服とも思える黒い背広の上から、彼の背丈と比べていささか過大な白衣を羽織っており、片手には純白のアタッシュケースが握られている。
はっきり言って浮いていた。
駅前の人並みが彼の歩く周囲だけモーゼの如く割れるくらいの浮きっぷり。五メートル以内に近寄りたくないタイプだ。
(あれ?)
けれど何かが頭にひっかかった。それをたぐり寄せようと立ち止まり、変人の後ろ姿を眺める。
白衣を翻すガスマスクの男。
こんな知り合いはいない。でも知って、いや”読み知っている”ような?
誰だろう。
首を振り、買い物袋を持ち上げ直す。
(……思い出せない)
諦めて家に帰り、夕飯を作りながら静くんを待った。
脳裏を占めるのは先ほどの男のこと。
変な格好だったし原作キャラかとも思ったが、これだけ考えても思い出せないのだ。池袋という街の特徴上そういうたぐいのモブがいてもおかしくはない(何せバーテン服の取立屋がいるくらいだ)
普段ならば思い出せないなら思い出せないで、すぐ忘れてしまう。しかしそうはならずに鍋をかき混ぜながら思考に没頭していると、

「……、!!」
「きゃっ!?」

突然耳元で聞こえた声にお玉を取り落とす。
それはシチュー鍋に落下し、熱々の液体を飛び散らせた。

「あつっ!」
「何やってんだ!?」

私の手の甲に衝撃が走る。
真っ赤に染まった手を、大きな掌が包み込み蛇口を捻った。

「バカ!」

口ではバカと言いながらも、眉をぎゅっと顰め泣きそうな顔で私を見つめる。
轟々と流れる流水で、やけどの痛みが麻痺した。逃げたりしないのに、掴まれた手は離れない。小刻みに震える体が、後ろから包み込むように抱きしめた。

「タオル取ってくるから水止めるなよ」
「……うん、ありがとう」

申し訳なさに小さくなってお礼を言うと、静くんはみるみる頬を赤らめた。

「……こんな時まで可愛い顔してんじゃねえよ……」

口の中で呟いて小走りに駆け出した。



「本当に病院に行かなくてもいいのか?」
「すぐに冷やしたし、痛みもほとんどないから」

夕飯を食べ終わってソファーで寛ぐ。
うっすらと赤くなってしまった手の甲を、彼の指先が触れる。軽々と膝の上に抱き上げられ、腰をがっちり掴まれた。
何をする気なのかと様子をうかがっていたら、

「きゃっ!?」
「ん……動くなよ」

手の甲にくちびるが落ちた。
次いで盛りのついた犬のようにペロペロとなめ回す。

「し、静くん!?」
「舐めると早く治るんだろ?」
「そうなの?」

反射的に頷いてしまったけれど、やけどは舐めても治らないと思う!!
でも抗議の声を無視して、静くんの舐め舐め攻撃は続き、解放される頃にはガスマスクの男の事など頭から一切消えていた。




*   *   *



パン、という風船が破裂するような音して揺れるはずのない物体が揺らめいた。

池袋サンシャイン60階通り。
私は紗英に諸々の片付けを押しつけ、帰ってきた。
そうしてプラプラと散歩をしつつ日用品を購入して、静くんの帰宅時間を確認する。たしか今日は仕事で遅くなると行っていた。ならば軽い夜食の準備をしておけば大丈夫だろう。
デパ地下のお総菜でも買って帰ろうかなと考えていた。
それに静くんは綺麗にお皿に盛りつければ、手作りとお総菜の差がわからないらしく美味しそうに食べる。楽と言えば楽だけど物足りない気もする。
だけど、嬉しそうにぱくつく姿が可愛くて、出来合のものでもつい一手間加えたくなってしまう。
何を買って帰ろうか。
考えながら歩いていると、冒頭の破裂音が耳に入った。
次いで通行人の軽い悲鳴。
まさかという思いと、またかという感慨が過ぎった。
人混みをかき分けて最前列まで行くと、案の定サイモンに飛び膝蹴りをしている静くんがいた。

「なに勝手に避けてんだよ。オイ、ポストって一個いくらすると思ってんだ」

彼の叫び声を聞き流しながら内心で突っ込んだ。
──それはこっちの台詞だ!!
毎回毎回器物破損して。いくら社長さんに立て替えてもらっているとは言え、この調子ではいつまでたっても借金が減らないじゃないか。
怒ってる静くんの顔も格好いいとか、戦っている姿も素敵とかそんな理由で許さないんだから! ゆ、許さないんだからねっ。
ポストに視線を向けると、赤いメッキにひびが入り、大砲で撃ち出された砲丸が直撃したような十センチほどのへこみがあった。
通行人もそのへこみを見て、信じられないような目つきで静くんとポストを交互に見比べている。
私はふと不安に駆られ静くんの拳をよく観察する。でも傷一つついていない。安堵に肩を落とした。

「やべえな。弁償しろっつわれたら……ほんとにポストっていくらするんだろうな……。つーかサイモンはなんでこんな拳うけて笑ってられんだ……?」

そして困り顔で周囲を見渡すトムさんと目が合った。

「おっ」
「こんにちは」

そろそろこんばんはの時間かなと考えつつ、歩み寄って頭を下げる。
彼は片手を上げて迎えてくれた。

「黄巾賊のガキんちょどもがいないと思ったら、綺麗どころのご登場か」

お世辞に曖昧に微笑む。
ふと、暗くなった空を見上げると、空にはいつの間にか黒く厚い雲が立ちこめており──夕暮れに照らされた雲が、不気味なほどに赤く輝いて池袋の街を照らしていた。

「やべえな……一雨来るかもな。ちゃん早めに帰った方が……いいっつってもそうはいかないよな」
「うん……」

苦笑して、路地の奥へ移動していく静くんとサイモンを歩いて追いかける。
──今日という今日はこってりお仕置きしなければ。
決意を固めるも、胸に過ぎった嫌な予感は晴れなかった。




*   *   *



ロッテリア店内。
紗英は窓を叩く雨粒を見つめ、引きつるコメカミを抑えた。
チーズバーガーを握りつぶしそうなほど強く握りしめ、でも怒りにまかせて席を立つことも出来ない。それもこれもこいつのせいだ!
ポテトを口につっこみ、咀嚼した。

「イライラすると消化に悪いわよ」

猫っぽい目が悪戯っぽく微笑み傍らの男にしなだれかかる。

「ね、静くんもそう思うでしょ?」
「だな」

バーテン服を着た金髪の男は、シェイキーをきゅいきゅいと飲みつつ頷いた。
──お前が言うな!!
紗英は、噂に聞くのと違う池袋最強の姿に、くちびるを噛んで怒鳴り散らすのを我慢した。本当はふざけんなくらい言ってやりたい。でもそんな勇気はない。
平和島静雄、それは彼女が慕う折原臨也の天敵だ。
化物と呼ぶにふさわしい男。暴れ出せば止まらず周囲の全てを根こそぎ壊し、人を傷つける恐ろしい災害。
最初はひたすら怖かった。でも目前で馬鹿馬鹿しい掛け合いをやられ続ければ緊張の糸も切れる。

「静くんあーん」
「……止めろよ恥ずかしいだろ」
「あーんして」
「あーん」

上目づかいに撃沈され、乙女のごとく頬を染め素直に口を開く姿は想像していた「自動喧嘩人形」とはあまりにかけ離れていた。っていうか尻に引かれすぎ。
こんなものを見て、緊張感を保てるはずがない。
目をそらし、考えた。
──臨也さんは何を考えてあんなことを言ったんだろ……。
正確には何かを言われたわけではない。でも、を消せば臨也に喜んでもらえる、私を見てくれると思った。
三ヶ島沙樹に対するみたいに……。
紗英は折原臨也が好きだった。今も好き。
でもどうして好きになったのか思い出せない。なんとなく流され池袋で遊び回るようになり、学校へ行かなくなり、家にほとんど帰らなくなり……そうして彼と出会った。
運命だと思った。私の中途半端な人生を変えてくれる気がした。

彼女は普通の家庭に育った。
サラリーマンの父親とパートタイムで働く母親。過剰な暴力を振るわれたわけでもなく、何かきっかけがあったわけでもない。文字通りなんとなく周囲の友達に流されここまで来てしまった。
その中で唯一紗英の意志で行ったもの、行ったと思っていること、それが臨也への恋慕とそれに基づく行動だった。
食べ終わったハンバーガーの包み紙をグシャリと丸める。

「人に仕事押しつけた上に、終わったと思ったら急に呼び出して! その上ロッテリアでハンバーガー食べるだけってどういうことよ!?」

つい最近まで刺し殺そうとしていた相手をにらみつけ、まくし立てる。でも彼女はポテトを囓りながら、飄々と受け流した。
そこがムカつく。
雨足が強くなってきたことも手伝って怒りが募る。あのまままっすぐ帰っていれば、雨に濡れずに家に帰れたかもしれないのに!
そこまで考えたことろで、自分が極普通に家に帰ろうとしていることに気づく。
家出をしていたわけではないが、連絡をしないで帰らないことなどザラだった。
目前のムカつく女に丸め込まれて芸能事務所でバイトをすることになってから、特に疑問も持たずに毎日家に帰っている。
どうしたらいいかわからなくなり、机を強く叩こうとした。その時、

「まあまあお嬢ちゃん落ち着けって」

隣に座っていたドレッドヘアーの男に止められた。
その胡散臭い外見に反して、落ち着いた声音で宥められると怒りを爆発させづらい。仕方なく椅子に座り直し、むくれ顔で目の前のバカップルを見た。
するとは柔らかく微笑み、傍らの男を見上げる。

「ね、紗英って面白いでしょ」
「……面白いか?」
「うん、だから怒らないでね?」

さりげなく手を重ねて見つめ合う。
砂を吐きそうな雰囲気に、ゲッと呟き舌を出した。
……ほんと何考えてるのかわからない女。でも……紗英はふくれっ面のまま、雨足が強まる窓の外に視線を移した。



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