ふたつの世界、ふたりの世界

平和島静雄

所々に微エロ(基本朝チュンレベル)、下ネタっぽい会話があります。
ページ別のお話には*がついています。
名前を呼んで / もう一度抱きしめて / 所有権を主張する / はんばーぐ! / 惚気る / 番外編、温泉!* / 桃色吐息 / 紅の豚 / 杏里 / 微エロなお題より* / 過去×言葉×連なる / イヌミミミ!!* / 甘える / 寝ぼける / 口うつし / お風呂 / 黒幕組 /
静雄と私の壊れた世界(番外編)* /  
戻る →次のページ
2010.05.22-08.08




*   *   *



部屋でくつろいでいると、玄関の開く音が聞こえた。
笑顔で立ち上がり、駆け出す。

「静くん、おかえりなさーい!」

そして抱きつく。普段の彼ならちょっと照れて、でも諦めて状況に身を任す。
だけど今日は違った。
不思議に思い、少し身を離す。すると映った、切り裂かれたバーテン服と裂傷。
───今夜リッパーナイトが起きた。
思い当たった瞬間、困惑ともう一つの感情が脳みそを掻き回す。

「消毒液!!」
「もう塞がってるし、多分平気だろ」
「そんなのダメ!」

言ってリビングに駆け戻ろうと背を向けた。なのに掴まれた腕。
焦燥が募った。
怪我を心配したのではない。ただ、罪歌に嫉妬した。黒い感情が支配する。
だけど直後そんな感情は吹き飛ぶ。

「静くん……?」

引き寄せられ、背後から抱きしめる。
吐息が耳元にかかった。

「できたんだ……暴力が、力になった」

血液が沸騰して、なくなってしまう。
心臓の鼓動がそれに拍車をかけた。

「いや、意味が分からないよな。だから、つまり俺は……」

言葉を遮って、身体を反転させた。
抱きしめる。

「良かったね」

彼の顔を見て、微笑もうとした。少しだけ歪んでいたかもしれない。
でも、



呼び声に時が止まる。
瞳が限界いっぱいまで見開いている感覚があった。
泣きたくなるほど真剣な瞳が間近にあって、

「……

歓喜に震えた。
直後くちびるに感じた熱。

「……俺は、ずっと……っ」

何度もくちづける。最初は恐る恐る、次いで大胆に。
囁きと、深く蠢く舌先。
受け入れて、合わせて、欲して。
我慢しきれなくて、手を伸ばした。柔らかい髪に指を差し入れ、求めた。

「私、あなたを愛してる」

融ける。
世界を巻き込んで。






*   *   *





もし全部夢だったら……。
目覚め頭に過ったのは気弱な感慨だった。でも腕の中感じた体温と感触に息を付く。

「おはよう」

怖々覗き込めば、とっくに起きていた彼女と目が合う。「お、おはよう」と返せば、大輪の花のごとき笑顔。
しかして腕の中の物体は、息がかかるほどの近さから見つめた。

「お願いがあるの」
「うぇあ!? ああ! なんだ!?」

潤んだ瞳が笑みを象り、くちびるが甘露な音色を紡ぐ。

「離して?」

慌てて腕の力を緩める。
「一晩中離してくれないんだもん」言葉を理解して、顔に熱が集まる。
気を紛らわそうと、ベットを抜け出そうとする後ろ姿を眺めた。
すると途中で振り向き、

「静くんのエッチ! あっち向いて」
「あ、う、いや、俺は……」
「早く!」

身体を反転させ、壁の染みを数えた。
一、二、三、四……。
布ずれの音が聞こえた。下着をつける音だろうか?……五、六、七……もしかしてそういう拷問か?
限界に達しかけた瞬間、

「そうだ、静くん」

声を救いと振り向く。
だが目に入ったのは黒のレース。華美ではないが、彼女の透き通るように白い肌に映える。力加減を間違えて、派手なことになっている赤い跡に、多少の罪悪感を覚えた。
だけど本能は押さえきれず、下着姿のを組みしく。

「な……!? なに考えてるの朝っぱらから」
「もう一発やらせてください」
「素直過ぎる!? というかなんで先お風呂入っていいか聞こうとした直後にこういうことになるの?」
「……男だから……?」
「可愛く言ってもダメなんだからね」
「……ダメなのか」

項垂れる。すると彼女の表情が百面相のごとく変化した。
そして口をぱくぱくと開いたり閉じたりした後。

「……静くんのばーか!」

首に細い指先がかかる。引き寄せられた勢いを殺さず、柔らかいくちびるを奪った。






*   *   *





天気がいいので出かけようと思った。
でも、

「静くーん?」

動けない。
生返事が背後から聞こえた。

「……ああ」
「今日は仕事お休み?」
「だな」

視線を落とすと映る、腰をホールドして抱きしめる腕。
血管の筋が見える手の甲。軽く叩きながら振り向いた。

「私は出かけようかなーって」

しかし返事はない。
身体を反転させて鎖骨に指を当てた。爪を立ててつつく。

「静くんの引きこもりー」
「別にいいだろ」

次いでむにーと頬を抓った……抓れなかった。
皮膚まで固いって本当に不思議な体構成をしてる。
諦めて人差し指でツンツンしながら、以前からの疑問を実行した。

「……おい」

無視した。
無音の時間が続く。
私は全肺活量使って、静くんの首筋に吸い付いた。

「……疲れた」
「な、なにやってんだよ」
「キスマークを付けてみようかと」

最中に軽く吸ったくらいじゃ全然付かないから。
動揺するうちのワンコを見つめた。
瞳を瞬く。
すると切なげな双眸が迫った。
私は避けて、頬をペシっと叩く。

「今日は、だーめっ」

にっこり笑顔で牽制する。
以前読んだ文章によると、男性はヤリすぎると夢が見られなくなるそうだ。向上心的なものが低下するらしい。説明すると、静くんはなんとも言えない表情で見つめた。
可愛ーい。
でも駄目!

「私、目標意識のない人って嫌いなの」
「……そう……なのか?」
「うん」

嘘だけどね。
静くんなら、ニートだろうが、ヒモだろうが愛せる。
だけど真っ昼間から始めると長時間耐久戦になって、身体持たないから。

「だから今日はちゅーだけね」

微笑むと、顔が輝いた。
こういうところ堪らなく大好き!
頭を撫でて、瞳を閉じた。






*   *   *





油が音を立てて跳ねた。
ジュっ。
フライ返しで焦げ目を確認し、元に戻す。

「うまそうだな」
「もう少しで火が通るよ」

頭上から降る声に返事をし、茹で上がった添え物を手に取る。

「はい、お口開けて」
「んぐ……野菜の味がする」
「野菜だからねぇ」

むしゃむしゃ咀嚼、ごくんと飲み込む音。
終わると静くんの顎が私の頭の上に乗る。というかまた乗った。次いで腹部に回していた腕を一度解いて、心持ち下の方で腕を組み直した。
……料理してる時にくっつかれると邪魔なんだけど、どうしたものかしらこれ。

「静くん、座って待ってていいよ?」
「……嫌だ」
「そう、ならいいけど」

仕方なく腕を軽くあげて、スペースをとる。
次いでハンバーグをひっくり返した。
その時、

「こらっ」

ムニっ。
胸の形が変わる。
というか揉まれた。

「静くーん?」

振り向くと、目を反らした。
なんだこのハッキリむっつりスケベめ!

「そんなことしてたらご飯食べられないでしょ? っていうか抜きにするわよ」
「……が構ってくれないから悪いんだ」

小さな声で抗議して、ぷいっと顔を反らす。



なんだこの可愛い生き物!?
心中で身悶えして、冷静を装って、戸棚から出したお皿を割ってしまった。






*   *   *





信号が赤に変わり、バイクが無音のまま停車する。

「セルティ」

歩道からかけられた声に振り向くと、バーテン服を着た男がいた。
新羅曰く、『池袋で最も名前負けをしている男』平和島静雄。

「ちょっと付き合ってくれないか?」

無言で頷き、適当な場所までバイクを走らせる。
人影まばらな西口公園で止め、沿道の縁に座った。
そして静かに『愚痴』という名のノロケを炸裂させる彼。
意外……?いや、なんだろうなこの気持ち。
しかしてセルティの存在しない脳裏に浮かんだのは、とある女性の姿。

『もしかして、以前自販機を格好良く避けたあの人?』
「……見てたのか」

頬を掻きながら明後日の方向を見た。
かなり飲んでいる様で、呂律が回っていない。
あの時は混乱で新羅におかしなことを『口走って』しまったが、よく考えてみれば。
うん、そうだ。
───嬉しい。誰より他人との関わりを求めていた友に出来た「特別」な人。
セルティは不思議な感動を覚えていた。

『静雄は彼女のことが本気で好きなんだな』

PADを差し出すと、照れた様に周囲に視線を彷徨わせて、頭を掻いた静雄。

「俺が好きっていうか……あいつが俺を好きっていうか……いやそりゃ俺も好きだけど……むしろ愛……ああー! 何言ってんだ俺!!」

珍しく暴れ出すこともなく、頭を抱えて座り込んだ。
そして小声で語り出す。

「大切にしたいんだ、でも俺にできるのかな……」

虚空に融けた言葉。
セルティは思案して、PADに言葉を打ち込んだ。






*   *   *





ふぅ。
耳元に吹きかけられた吐息に小さく身じろぎした。
すると彼女は眉間に皺を作り、

「動いちゃだめ」
「う……ああ……だけどさ」
「ダ・メ」
「うん」

素直に頷く。
微笑み、行為を再開した。

「静くん、ここに大きいのが……」
「最近してなかったからかな」
「やりすぎもよくないけど、ほどほどにはしたほうがいいみたいよ」
「……ああ」

平和島静雄は常人ではない。
ナイフで刺せば五ミリしか刺さらず、銃で打たれても翌日にはピンピンしている。
だが彼にだって弱い部分はある。人間、鍛えられない場所があるのだ。
そこをやさしく引っ張られ、刺激された。甘い吐息を吹きかけられる。
これが俗言う桃色吐息……?静雄はそんなピンクにボケた感想を心中で呟いた。
耳かき最高!と。

「はい、反対」
「うぁ……」

生あくびをかみ殺しながら身体を反転させる。すると視界を彼女の細い腹部が覆った。
反射的に腰に手を回す。

「静くんの甘えん坊さん」

そして髪を撫でる感触に目を閉じた。






*   *   *





「豚、かっこいいね」

膝の上から聞こえた声に不機嫌さが増す。
確かにマルコはかっこいい。だけど右手に発泡酒を持ち、視線は画面に釘付け。艶かしいくちびるから溢れるのは映画の主人公への賞賛の言葉のみ。
がつれない。画面を凝視したまま動かなくなってしまった。
俺は!?俺との時間は!?心中で叫んでいた。そこに上記の言葉だ。
瞬間的に沸点が上がる。しかし膝上の柔らかい物体がこちらを向いた瞬間、怒りは消えた。
猫の様な瞳がキラキラと輝き、頬が薔薇色に染まる。

「ね、静くんも思わない? 豚なのにかっこいいってすごいよね」
「……だな」
「もしかして怒ってる?」

小首を傾げた。
可愛かった。

「怒ってねぇ」
「ならいいけど」

次いで彼女は体勢を横座りに変え、俺の胸元に顔を埋めた。
官能的な仕草で背中を指でなぞる。
次いで、

「でも静くんの方が百倍かっこいい」

最高のタイミングで顔をあげた。






*   *   *





「……あの」
「わかった八万出してあげるよ。ね?」

杏里は静かに困惑していた。
額縁の絵が視界に覆い被さろうと近づく。
帝人、正臣の二人と別れ、家路に向かう途中。サラリーマン風の中年男性に突然声をかけられた。
曖昧に言葉を濁していると、男は気味の悪い笑みを浮かべ、指を五本立てて見せた。
杏里がはっきりと断らないのを良いことに男は饒舌に語る。

「そんないい身体つきしてるんだから、たっぷり稼いでるんだろ? オジさんにもお裾分けしてよ」
「……やめてください」
「八万でいいね、さ、ホテル行こう。ホテル」

腕を掴まれた。
振り払おうか否か、迷ったその時、

「ごめんね、待たせて」

明るい声が背後から響き、小柄な女性が杏里に抱きついた。
彼女はさりげなく男性の足を踏み、杏里を覗き込む。

「遅くなってごめんね」
「な、なんだい? このお嬢さんはこれから私とだね……というか人の足を踏んで謝りもしないだなんて君一体どういう……」
「うちの妹に何のご用ですか?」

瞬間、空気が凍った。張りつめた雰囲気。
鋭い視線で男を睨みつける。
男は危険なものを感じたのか、醜く顔を引きつらせた。

「い、いやなんでもないよ、あははは」

言ってそそくさと立ち去った。
男の背中が見えなくなると同時、空気が戻る。
お礼を言おうと振り向くと、腕を引かれた。

「念のため、交番の近くにある喫茶店で少し時間潰そう」
「はい」

囁いて、歩き出す。



さん』の同居人は来良高校の卒業生で、後輩である私が困っているのを見かねて助けてくれた。
話を聞きながら頭を下げる。

「ありがとうございました」
「全然」

ひらひらと手を振って、熱い珈琲を口に含む。
優美な姿に見入ってしまった。

「どうしたの?」
「い、いえなんでもありません。すいません」

ペコペコと頭を下げて、勧められたパフェを口に含む。
溶けかけのバニラアイスが舌の上に広がる。そして小一時間お話をして、

「……携帯、教えてもらっちゃった……」

後ろ姿を見送って、メモ帳の走り書きに思いを馳せた。
───彼女は人間?愛す?愛愛愛愛愛愛愛……。
罪歌の愛の言葉に小首を傾げながら。






*   *   *





*ヒロインの過去描写あります。

記憶の始まりにあるのは、目も眩む様なフラッシュと熱いスポットライト。
私は『子役タレント』と呼ばれる存在で、簡単に言ってしまえば大人の意思で動く可愛いお人形だった。
著名な舞台、映画、テレビドラマに出ていた……らしい。
でも覚えていない。映像を見返す気にはなれない。
記憶に大きな傷と共に刻まれているのは、終わりのときだけ。
母がプロデューサーと浮気をした。
それはフォーカスされて。
父は多額の慰謝料だけ持ち去り姿を消した。
母は狂った。
そして私は芸能界に捨てられた。
あっさりと掌を返す。人、人、人、人。
「天才」持て囃す。「終わったな」貶める。羨望が蔑みに変わった一瞬、それだけ彫刻刀で刻んで。
しかして私は銀幕から消え去り、親類の家にやっかいになって、高校を卒業した。
一人で生きる為に選んだ仕事はスタントマン。
未練。
生来の運動神経の良さと、かつて可愛がってくれていた監督との再会。それがこの職業選択を可能とした。役者としてのカムバックを打診されたこともあったが、全て断る。
怖かった。
また裏切られるかもしれない。裏切られる。
しかして私は繰り返される日々に吐き気を覚えながら、死んだ様に生きた。





「……!!」

瞼の裏に光を感じた。
薄く開く。
すると泣きそうな表情でこちらを見つめる顔。隣りの部屋で寝ているはずの人。
カーテンから光は漏れない。
夜中だった。

「静くん?」
「起きたか」

頭の奥が重い。柔らかい棍棒で全身を殴られ続けてた様な、嫌な疲労感を感じた。
……潰れてしまいそう。
思った。
しかし覆い被さり、抱きついた腕に目を見開く。

「どうし、たの?」

掠れ声で問いかけて頭を撫でた。
すると強く抱きしめる腕。声が震える。

「悲鳴、あげてた」
「私が?」
「……ああ、すごく苦しそうで、それで」

腕の力を弱めて、額を合わせる。
瞳が強い光と熱を持って見つめた。
図らずも。
これは不意打だ。

!?」
「……わ、わた……し」

頬を流れた熱い液体。
大粒の涙が溢れた。
だって、今までどんなに苦しくても寂しくても一人で、優しくなんてされたら、それは。



深いキスをされた。
次いで大きな掌が頭を撫でる。
呼吸困難になりかけて、溺れそうで、息を吸い込んだ。

「怖い夢を見たの」
「……うん」
「昔の夢だった」
「……どんな?」

抱き上げられて、一緒にベットに寝転んだ。
繋がる手が熱い。二人で寝るには狭くて、でも気にならない。
もう一度深呼吸をすると汗と煙草の匂いがした。

「……わからない。なんだったんだろ……たくさんちやほやされて、捨てられて……でも結局あの世界を捨てられなれなかった」
「辛いなら、思い出さなくてもいいぞ」
「ううん、聞いて欲しい。全部……ずっといろんなこと話さなくてごめんね」

すると掌が、ぽんぽんと頭を撫でた。

「いいよ」

微笑む雰囲気。
私はいつから静くんのそんな細かい所作までわかるようになったんだろう……。
少し考えて、口を開いた。
話した。
幼い頃の思い出。静くんとの本当の出会い。一冊の本当の出会い。なぜ私が初めから彼を好きだったのか。いつから本当の好きになったか。愛したか。
言い切って、不安になった。
こんな話をして、静くんに嫌われたらどうしよう。
恐る恐る彼の顔を見上げると、

「……そっか。正直よくわからないこともあるしの話じゃなきゃ絶対に信じない。だけどいいんだ。全部……その。うん。俺もに言ってないことがある……しな」
「言ってないこと?」

耳まで真っ赤に染まってる。
それは朝焼けが近い薄闇の中でも見て取れるほど。
高鳴り始めた心臓に不安が増して、繋いだ手を握りしめた。

「いいこと? 悪いこと?」
「いい、こと……だよな多分……えと、だから」

悪夢の影響なのか、慣れない話をした反動なのか。
涙腺が弱くなってるみたいだ。
ポロポロ溢れ出た涙に、静くんが慌てて起き上がり、変な踊りを踊った後抱きしめた。

「泣くなよ」
「だって」

節くれ立った指が乱暴に頬を拭い、くちづける。
瞳の端を舐められる感触に酔った。
次いで囁き。

「好きだ……いや違う……じゃなくて違わないけど、そのあれだ!……愛してる」

胸元に抱き寄せられた。
静くんの心臓が早鐘を打つ音。
私と同じ。

「……静くん?」
「なんだよ」

ぶっきらぼうに答える。
顔を見ようとしたら、無理矢理胸元に押し付けられた。

「く、苦し……」
「うわ、悪ぃ!」

力を緩め、覗き込んだ顔に問いかける。

「本当に?」
「な、何がだ?」
「愛してる?」
「あ、愛してる」

照れた表情で、でもはっきりと告げられた言葉。
睫毛が音を立てて瞬いて、全身が熱くなるのを感じた。
指先が頬を撫でる。

「顔、赤いぞ」
「静くんも真っ赤だよ」
「……じゃあおあいこってことで、その」
「いいよね」

沸き上がる気持ちを笑顔に変えて、くちびるにキスを落とした。






*   *   *





静雄はにやけそうになる口元を必至で隠し、彼女を見つめた。

「静くん、暖かい……」

ソファーの上で押し倒し擦り寄る身体からは、甘い香りがした。
両手の平は彼の背中に回され、すりすり。


「?」

上目づかい。
長いまつげが瞬き、潤んだ瞳が見上げた。

「その、今日はどうしたんだ」
「甘えたい気分なの。ダメ?」

ダメじゃない。決まってる。だけど普段はめったに崩さない「お姉さん」的仕草が「甘え」に反転する。その破壊力はサンシャイン60を倒壊させてあまりあるものだ、静雄は生唾を飲み込んだ。

「静くん」

次いで首もとに頬があたり、柔らかな髪が鎖骨をくすぐる。
やばい。
非常に不味い。
具体的に言うと下半……なんでもない。

「静くん」
「……うん?」
「好き」

咽せた。
次いで再び見つめ、

「静くんは?」
「え?」
「好き?」

こくん、と首を傾げた。
会心の一撃、キました。

「す、」
「す?」
「す、」
「す?」

心臓が高鳴って、めったに上がらない息が荒くなった(決して興奮しているわけではない)
でも照れくさい。
先日のように勢いがないこの場で言うのは照れを通り越して、拷問だ。
慌てて別の言葉を探す。

「き、キスしてもいいか?」
「好きって言ってくれなきゃだめ」
「どうしても?」
「うん」

子供っぽい仕草で「ダメ」と頬を膨らます。
可愛い。
最早病気だ。病。不治の病かもしれない。
思った。
覚悟を決めた。
大きく息を吸い込む。
そして、

「好きだ」

薔薇色に染まったの頬。
扇情的な仕草で言葉を返した。

「……私も」

言って塞がれたくちびる。
二人きりの部屋。腕の中の重みと愛しさに、にやけた顔。
太ももを抓って、キスを深く。

(かっこいい俺よ、戻ってこい!!)

そんなところも可愛い。
思われていることを知らず、静雄の奮闘は続いた。

(カッコいいと思って欲しいのでがんばる静雄とそんなところも可愛いと思っている彼女の話)






*   *   *





チュンチュンと鳴く雀の声で目を覚ました。
静雄は寝ぼけ眼を擦り、額の寝汗を拭う。
次いで原因を眺めた。
青いノースリーブに白い肩。短パンからすらりと伸びる足は彼の足に絡み付いている。さらに首元に回された腕。
───暑いわけだ。
だが嫌な気分がするはずもなく、

、起きろ」
「……う……ん」

瞼が痙攣し、寝ぼけ声が返事した。
普段起こされることの方が多い静雄は、新鮮な気分に柔らかく囁く。

「まだ寝てるか?」
「……やだぁ」

聞こえた甘い吐息に肩が跳ねる。早鐘のごとく心臓が打つ。鎮めるために息を吸って、

「もっと静くんと寝るの、起きたらヤ」

吐き出し損ねた。
呼吸困難に陥る。
なんとか息を整えて、諸悪の根源に視線を落とした。
胸元に幸せそうな顔ですり寄り、寝息を立てる。
裸の胸にすりすりと。ちなみに下も履いていない。
普段は別の部屋で寝ているので、つまりそういうことだ。
しかし、

(朝起きると自分だけ着替えてるんだよなぁ)

身体の一部が活気づき始めるのを理性で押さえて、を揺り起こした。

「今日用事あるっつってただろ」

しかして続けること十分。
彼女の寝ぼけエロに撃沈しかけること数回。
目を擦りながら起きた髪を撫でた。

「寝癖ついてるぞ」
「う……ん」
「ほら、寝るなよ」
「だって昨日静くんが寝かせてくれな……」
「起きたか!? 起きたな? よし」

誤摩化して、立ち上がった。
瞬間シーツで隠していた下半身が丸見えになる。
映る彼女の呆れ顔。

「……静くんって元気だよね……」
「誰のせいだと思ってんだよ!!」

そして今日も平和な日常が始まった。






*   *   *





彼女は既に出来上がっていた。
上気した頬。潤んだ瞳、はだけたシャツの胸元。
紅いくちびるが迫った。

「しーずくん、口開けて」
「……開けたら日本酒飲ます気だろ」
「うん? なんのことかな。手で口元隠しながらしゃべるなんて怪しいよ」
「怪しいのはお前……」
「静くん」
「……なんだよ」
「キス、したいな」

睫毛を伏せて伺う様に上目づかい。
肩が揺れた。
追い打ちをかけるように、彼女は膝の上に手を置き、耳元に寄せた。

「したい、な」
「う……あ、ああ」

でも、とくちごもる。
しかしは無言で瞳を閉じた。
最早飛んで火にいる夏の虫。
近づいた二人の距離。
だが直前、静雄が止めた。

「……おい」
「むぐ?」
「今口に日本酒含んだだろ」
「んー?」

誤摩化して天使の微笑み、問答無用でくちびるを併せた。
しかして注入された液体。
咽せそうになるのを堪えて、飲み込む。
灼熱の液体が喉を嚥下した。
くらり、世界が歪む。

「おいしかった?」

口の端に残った、液体を指先で拭い舐める。
その妖艶さに最後の理性が飛んだ。

っ」
「ん、もう酔っちゃったの?」

ソファーに押し倒し、柔らかいくちびるを貪る。

「……だめ」
「無理」

次いで首もとに吸い付くと、彼女の指先が髪に差し込まれ背筋が波打ち揺れた。






*   *   *





ソファーに腰掛け一服する静雄。

「思ったんだけど」

足下に座り込み、膝の上に肘を乗せる
その体勢は色々当たる。
できれば膝下ではなくもうすこし上の部分で触りたい、というか揉みたい。静雄はそんなことをムッツリ考えながら何気ない表情を装っていた。視線の先でさらりとした髪が肩口を滑り落ちる。
煙草を灰皿に押し付けながら問いかけた。

「なにがだ?」
「……うちのお風呂って狭いじゃない?」

ユニットバスでないだけまし。
その程度の広さだ。一人で入る分に、は何の問題もなく静雄にとっては少々狭い。
部屋は1DKだったはずが、彼女と住み始めてから2DKになった。改装したわけではない。現在も外から見れば1DKのアパートだ。
空間が捩じれているのではないか、彼女の言い分は意味不明だったが根が単純な静雄は、「広い場所に安く住めるんだからいいんじゃない?」言葉に頷いた。
そして現在の本題はそこではない。

「でもがんばれば入れるんじゃないかって思うの」
「今でも入ってるだろ?」

風呂に入りたければ先に。
言いかけて、とある希望的観測が過った。
思わず声が裏返る。

「……は、入ってるだろ?」
「入ってるわね」
「……ああ」
「……一緒に入りたい?」
「何言ってんだ!?」

にんまりとした笑顔と視線が勝ち合い、内心がバレバレだったことに気づいた。
だが男平和島静雄、いつまでも彼女の掌で踊っているわけにはいかない。

「一緒に入る?」
「……は、入らない」
「入りたい?」

ぎゅっと胸を寄せる仕草。瞳に谷間が映る。
静雄は敗北を宣言した。

「……入りたいです」
「素直な静くんが好き」

毎回負けてしまう事実にしょぼくれる。
しかし直後に彼女がとった行動に感傷を忘れた。

「脱がしてあげる」

腕の中にするりと入り込んで、蝶ネクタイに手をかけた。
次いでシャツのボタン。
あっと言う間に上半身を裸にされ、ベルトに手がかかった。

「それは自分でやる」
「そう?」

じゃあ脱ぐからあっち向いてて、むしろ先入ってて。
素直に頷き、脱衣所でズボンを下ろし、湯船に浸かった。
そして待つ。
一、二、三、四……まだか。
ぶくぶくと口から気泡があがる。
出入り口を凝視してしまう自分に嫌気が差しつつ、胸は期待で膨らんでいた。
だが鳴り響いた携帯の着信音。

「ごめん、急用入ったら出てくる。お風呂はまた今度ね!」

騒々しく玄関を飛び出した足音に、頭から湯船に沈むのだった






*   *   *





新宿、とあるマンションの最上階。
脚線美を持つ女───矢霧波江が問いかけた。

「やけにご執心ね」

対して臨也は椅子に深く腰掛け、一枚の写真を手の中で弄ぶ。

「見る?」

言って渡されたのは喫茶店でパフェを食べている男女の写真。
彼女は表情ひとつ変えず呟いた。

「あら、平和島静雄に先を越されたわね」
「はぁ、何言ってんの? シズちゃんに恋人とかあり得ないから」
「……これのどこを見たら恋人以外に見えるのかしら」

ひらひらと振る。
そこには「あーん」というポーズでスプーンを持つ女と、照れながらも素直に口を開く静雄の姿。

「噂があるのは知ってたけどね」
「……あなたがそんな中途半端な情報しかもってないなんて珍しいわね」
「いい気味だって顔に書いてあるよ」
「その通りだけど、なにか?」

その返答に小さく肩をすくめた。
次いでくるりと椅子を反転させ、新宿の夜景を眺める。

「最近まで全く彼女の情報が入って来なくてね」
「ふぅん」
「シズちゃんと女が一緒に歩いてるって噂だけで、肝心の当人がまったく姿を見せなかった」
「最近までは?」
「その通り。でもリッパーナイトあたりかな、突然情報が出回り始めた。スーパーで見かけたとか本屋にいた、とかね」

波江は欠片も興味のない顔で写真をデスクに戻すと、仕事を再開した。
臨也は椅子ごと回る。

「もうこれは俺自身で確かめるしかないよね。正体不明の女も気になるけど、なにより俺の大好きな人間がシズちゃんなんかを好きになるはずがない。そんな幻想をぶちこわす、ってね」
「……気色悪いわね」
「あははははー!!」

しかして夜空に、彼の笑い声が響く。
平和島静雄を愛するもの、嫌うもの。その邂逅の時が近づいていた。



次のページ


ご感想等いただけると嬉しいです→ウェブ拍手

←戻る