平和島家の長女

記憶にある限り静雄が最初に「やってしまった」のは彼が八歳、私が九歳、幽が五歳の出来事。部屋で一人忍者ごっこをしてたらリビングから幽の悲鳴が響いた。新聞紙の刀を握りしめてリビングに駆けつける。
そして目を見開いた。

「静雄!?」

弟が冷蔵庫の下敷きになっていた。
私の顔を見た途端、顔をぐちゃぐちゃにして泣き出した幽を宥めて救急車を呼ぶ。
到着するまでの間、冷蔵庫を持ち上げようと奮闘した。

「静雄、生きてる!?」
「お兄ちゃんー!!」
「……姉ちゃん……」

私の呼びかけと幽の泣き声、静雄のうめき声が重なった。
それが切っ掛け。
理由なんて、聞かれたってわからない。父も母も普通の人だった(母には米国人の血が混じっており、顔立ちがやや異国的ではあるが)しかし以来弟は、

「平和島! 弟が暴れてる!!」
「また!?」

教室で男子達とムーンサルトキックの特訓をしていると、扉がやかましく開き、子分その三が叫んだ。
静雄はあの日以来、力と心の制御ができなくなってしまった。週に一回は私の教室まで「弟を止めて」という悲鳴のような報告が入る有様。
当人にさりげなく聞いてみたところ、「ムカつく」思った瞬間には制御不能になるらしい。
教材の満載された机を片手で遠投する。絡んできた不良中学生をぶん投げる。

「好き放題やってる危ない、怖い奴」

今やそれが弟の評価だ。
別に好きでやっているわけではない。庇うことは簡単だが、意味もない。
だから私は決意した。

「お姉ちゃんより強くなるなんて、静雄のくせに生意気!!」

今思えば変な子供だった。
庇う前に対抗心を燃やす。
でも私にはそれができると思い込むだけの状況があったのだ。
普通、男子を従え女リーダーを気取れるのなんて小学校低学年までだろう。その後は女同士の陰険な争いに巻き込まれ、角が取れ、やがてどこにでもいる普通の女の子になる───はずだった。
しかしそうはならず静雄に負けないだけの力を求め、私は楽影ジムの扉を叩く。