平和島家の長女

姉ちゃんは強い。
それは俺のような不安定で制御の効かない「暴力」ではなく、洗練された「力」だった。
だがあの人だって始めから強かったわけではない。
───俺のせいだ。
「プリンを食べられてキレた」なんて至極どうでもいいことから始まった力の暴走に巻き込んでしまった。

暴れる。
全身の筋繊維が引きちぎれた。
標識を引き抜く。
衝撃で腕の骨が折れた。ボキリという鈍い音が聞こえた。
痛い、痛い、痛い、痛い……!!
自分の身体を自分で壊してしまう地獄。
狂いそうな身体の痛みを感じた───狂ってしまえば楽だと思った。
少しずつ、身体が、化け物に変わっていく。

悪夢はいつも同じ。俺が得体の知れない毛むくじゃらの化け物になって、幽を、姉ちゃんを、母ちゃんを、父ちゃんを喰い殺す。家族の真っ赤な血だまりの中で泣いていた。
それは大抵怒りを我慢した夜やってくる。
「暴力」という名の化け物は我慢すればするほど、煮詰まったタールのように毒性を強めて暴れた。
だから俺は我慢をやめた。
やめたつもりだった。そして今夜も悲鳴をあげる。
悪夢。
目を覚ますと姉ちゃんの顔があった。眉根を寄せた表情がほっとした笑顔に変わり、また不機嫌そうな顔に変化する。

「静雄はバッカよね」
「なんだよ」
「起こしてあげた恩を忘れたの?」

パジャマ姿でちょこんとベットに腰掛ける姉ちゃんを見上げた。
彼女は偉そうに腕組みをする。

「だいたい静雄のくせに生意気なの」
「はぁ?」

キレる。
やばい!思った次の瞬間、姉ちゃんの手のひらが俺の頭をかき混ぜた。

「お姉ちゃんより強くなろうなんて生意気じゃない」
「……なに言ってんだ?」

意味が分からん。
気がそがれて怒りがしぼむ。
姉ちゃんを見ると、照れくさそうに頬を染め、しかし頭を撫でるのはやめなかった。
───励ましてくれてる……?
しかしそれは半分正しく、半分間違っていた。
あの人はマジだった。本気と書いてマジと読むくらい本気で言っていた。
本気で俺より強くなろうとした。
そして翌日から宣言通り道場に通い始め、

「あっははははー! 来るなら来い!」

本当に強くなった。
靡くセーラー服。中学に入学するころには、子分が山のようにいた。しかも全員男。
最初は姉ちゃんが女だからかと思ったが、どうも違うらしい。
短い髪を風に揺らし、「黙ってれば美人」と名高い顔で笑う。
幽曰く、「お姉ちゃんは真性の天然さん」だそうだ。
俺もそう思う。
だって満面の笑みでこんなことを言うんだ。

「私だってちょっと鍛えれば強くなるんだから。静雄だけが特別だと思ったら間違いなんだからね!」

偉そうな所作だけは子供の頃のまま。
凛とした姿で君臨する背中に、

「姉ちゃん……」
「ん?」
「パンツ見えてる」
「早く言えええーー!!!」

げんこつで殴られた。
痛くはないけど、こそばゆい。
俺の暴走に巻き込んでしまった、大切な家族。
甘えかもしれない。
でも、俺は……嬉しかった。






「門田、あれうちの弟なんだ。できる範囲でいいから仲良くしてやって」
「はい」

考えていたら、後年後悔することになる出会いをつぶし損ねた。
それだけが心残りだ。